1952年、マダムギャビーアギヨンがクロエを創業。
クロエ(Chloé)はフランスの人気ラグジュアリーブランド。リシュモングループに属している。
高級生地を使用した既製服「ラグジュアリープレタポルテ」を最初に提案したファッションメゾンと言われている。ウィメンズウェア、バッグを中心としたアクセサリーから香水までトータルで展開している。
香水も人気で、クロエを象徴する香水は、「クロエ オードパルファム」。パウダリーで爽やかな、フローラルの香りを楽しめる。
創業者はマダムギャビーアギヨン(Gaby Aghion)。1952年に「クロエ(Chloé)」を設立した。マダムギャビーアギヨンはエジプトのアレクサンドリアで貴族として生まれるものの、第二次大戦中にパリに逃亡。ブランド名の由来は、ロンゴスの古代小説「ダフニスとクロエにまつわる牧人風のレスボスの物語」を原作とした、バレエ音楽「ダフニスとクロエ」が由来。作品は、ダフニスとクロエの恋物語で、クロエの美しい踊りからインスピレーションを受ける。
63年、クロエはカール ラガーフェルドをクリエイティヴ・ディレクターとして迎えてさらに成長。70年香水を発表。フレグランスはベストセラーになった。
85年、スイスの高級ラグジュアリーグループ、リシュモン(カルティエ、ボーム&メルシエ、モンブラン、アルフレッド・ダンヒル等を持つ)がクロエを買収。88年、マルティーヌ シットボンがクリエイティヴ・ディレクターに就任。これは国際市場拡大を目的としたもの。92年、ラガーフェルドがクリエイティヴ・ディレクターとして復帰。
1998年春夏、ステラ マッカートニーがクリエイティヴ・ディレクターに就任。クロエにロンドンのストリート感覚をもたらし売上に貢献するが、2001年マッカートニーがグッチグループに引き抜かれる形でデザイナーを降板。後任はフィービー ファイロ。ファイロはセントマーチンズ卒業後、97年からマッカートニーのパートナーでクロエで4年間働く。2002年春夏よりクリエイティヴ・ディレクターを引き継ぐ。
2001年、ディフュージョンライン「シーバイクロエ(See By Chloé)」がスタート。クロエのデザイン性を引き継ぎつつ、よりカジュアルでリーズナブルな価格が日本を含め世界中で人気となる。2005年秋冬コレクションは、ファイロが妊娠していたこともありデザインチームが手がける。
2006年1月、フィービー ファイロが家族とより多くの時間を過ごしたいという理由で正式に辞任。その後デザインチームが手がけたが、2007年秋冬からマルニで7年間在籍しデザインディクターまで勤めたスウェーデン出身パウロ メリム アンダーソンがチーフデザイナーに就任。「CHLOÉ」と「See By Chloé」の両ラインを担当するも2008年に辞任。
後任には、同ブランドのデザインチームで活躍したハンナ・マックギボン(Hannah MacGibbon)が就任。
2008年、ヴァン クリーフ&アーペルとのコラボレーションコレクションで、「アルハンブラ」とゴージャスなメタリック・パイソン・レザーが融合したイブニングバッグなどを発表。
2011年、元プリングル オブ スコットランドのクレア・ワイト・ケラーが新クリエイティブディレクターに就任。
2013年、クロエのフレグランスからスキンケアライン「クレーム ドゥ ラ ローズ」が登場。
2014年9月27日、1952年にメゾンを創設したギャビー・アギョンが、数々の伝説と共に、93歳でこの世を去る。
2017年、クレア・ワイト・ケラーが退任。2018年春夏コレクションより、クロエの新クリエイティブ・ディレクターに、ナターシャ・ラムゼイ・レヴィが就任。彼女は二コラ・ジェスキエールの元、バレンシアガ、ルイ・ヴィトンとキャリアを積み、ヴィトンではウィメンズのレディ・ トゥ・ウェアのクリエイティブ・ディレクターを務めていた。
2019年リゾートコレクションにおいて「クロエ C」が新登場。「クロエ C」には、大胆な“C”の金具がデザインされている。
2020年、ユニセフと3年間のパートナーシップを結ぶ。
2020年、ケリング アイウエアと、アイウエアのデザイン、生産、販売におけるパートナーシップ契約を締結。
2020年12月、ナターシャ・ラムゼイ=レヴィがクリエイティブ・ディレクターを退任。
2020年12月7日付で、ガブリエラ・ハーストがクロエのクリエイティブ・ディレクターに就任。
2020年代前半、ディフュージョンライン「シーバイクロエ」がブランド活動を終了。
2023年10月、シェミナ・カマリがクリエイティブ・ディレクターに就任。
シェミナ・カマリ(Chemena Kamali)は、1981年ドイツ生まれ。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズでファッションの芸術修士号を取得。その後、クロエでフィービー・ファイロのチームの 一員としてメゾンでキャリアをスタートさせ、その後、2013年にクレア・ワイト・ケラーのデザイン・ ディレクターに任命。その後、2016年からサンローランにてアンソニー・ヴァカレロのもとウィメンズのデザイン・ディレクターを担当した。