トム ブラウン ニューヨーク(THOM BROWNE NEWYORK)の2016年春夏コレクションは”ジャポニズム”という言葉では収まりきらない本格的な和の世界を探求している。
会場に入ると案山子(かかし)がいた。着物スリーブの長着を着たモデル(案山子)たちは、腕を肩と並行に90度上げて袖に竹筒を通され、本物の鳥除けのように無表情である。中央には障子で四方を囲まれた茶室があって、その周りには畳のランウェイと白石が敷き詰められている。
障子が開き現れたのは、4人の男芸者。かれらがまとっているのは、男性というよりは女性の着物とテーラードのディテールを組み合わせた衣装。袴、半袴、シャツ&タイ、帯風の腰巻きの構成で、足元は足袋に下駄。顔は白塗りで小さめのサングラスを掛けていて、頭には大銀杏が乗っている。その様はどこかユーモラスだ。
しかしかれらは阿呆者ではない。案山子の竹を外し、人形を人間に戻し、着物コート(Vゾーンはテーラード仕立てで他の部分は平面仕立て)を丁寧に竹にかけ戻す。その所作は上品でとても優雅だ。一方で解き放たれた者たちは、ゆっくり一歩ずつランウェイを歩き出す。足元は下駄だから早く歩けないという理由もあるが、一切の動きを制限されていた状態から少しずつ解放されていく様を表現しているようにも見える。かれらの衣装は「ショート丈のチェスターコート、ジャケット、ボタンダウンシャツ&細みのタイ、クロップド丈のパンツ」で、基本的な構成はいつもと変わらない。でも、ひとつだけ大きく異なっているところがある。今回の”ユニフォーム”は、大和絵や浮世絵を描くキャンバスに他ならないということだ。
グレーのウールの上に描写されているのは、富士山、鶴、菊の花、鯉、山野の風景、扇子などのモチーフ。墨汁や絵の具で描いているのではなく、生地の切り替えや刺繍の技術を駆使して表現している。驚くべきはコートとジャケットの”絵の柄合わせ”をちゃんとしていること。見て貰うための服なのかもしれないが、その細部の偏執的な突き詰め方はトム・ブラウンならでは。
モデルたちは、ゆっくりランウェイを一周した後、茶室に戻る。最後の一人が入った後、芸者は静かに障子を閉める。そこに残されたのは、四角い茶室と畳のランウェイ、白石、そして人が不在になった案山子にかけられた洋風長着。いっしゅん訪れた静寂の後の鳴り止まない拍手。日本が失って久しい侘び寂び、そして笑いがそこにあった。
TEXT by Kaijiro Masuda(FASHION JOURNALIST)