岩井俊二監督の映画『キリエのうた』が2023年10月13日(金)に公開へ。主演を務めたアイナ・ジ・エンドにインタビューを行い、映画の撮影裏話や作詞作曲を手掛けた劇中の楽曲について、話を聞いた。また、BiSH解散を経た、今後の自身の表現活動についても語ってくれている。
映画『キリエのうた』は、路上ミュージシャン・キリエを主人公に、別れと出逢いを繰り返し、時代や社会に翻弄されながらも懸命に生きる姿を描く物語だ。いなくなってしまった恋人を探す青年や、小学校の先生、キリエのマネージャーを自ら引き受ける謎の女、そしてキリエ。石巻、大阪、帯広、東京といった場所を舞台に、この4人の人生が交差し絡み合いながら紡いでいく、13年にわたる壮大なストーリーが映し出されている。
映画『キリエのうた』で映画初主演を務めるアイナ・ジ・エンドさん。演じた主人公・キリエはどのようなキャラクターですか。
キリエは歌うときだけ声を出すことができる路上ミュージシャン。普段話す時は声を出すことができなくて、住むところもなく暮らしている、“歌だけ”を拠り所にしているような女の子です。
アイナ・ジ・エンドさんご自身も歌手として活動されています。今回、映画でミュージシャンを演じてみた感想をおしえてください。
映画でのお芝居は初挑戦だったので、とにかく右も左もわからなくて。役作りとか、普段の音楽活動とどう違うのか……みたいなことを考える余裕もなく、ただ必死に、監督の岩井俊二さんが作り出す世界に飛び込んでいった感覚でした。
岩井俊二監督の作品に出演していかがでしたか?
もともと、岩井さんの『undo』や『PiCNiC』、『スワロウテイル』といった作品が好きで観ていました。作品に出てくる主人公や登場人物がみんな、劣等感や、人とちょっと違う“普通ではない”ことの苦しみを抱えているのですが、岩井さんはそういった苦しみを映像の中で尊く表現していて。初めて岩井さんの作品に触れた時に、自分のことを肯定されたような気持ちになったことを覚えています。
だから、岩井さんの作品ならばどんな自分で臨んでもきっと大丈夫だ、と思って飛び込みました。現場で岩井さんから言われた一言、一言が全て分厚く心に突き刺さって、日常会話も岩井さんの生き方もすべてが刺激になっていたと思います。
アイナ・ジ・エンドさんにとって、良い刺激の多い現場だったのですね。
そうですね。岩井さんとのやり取りもそうですし、共演した広瀬すずちゃんからも学んだ部分が大きかったです。
広瀬さんはキリエのマネージャーを買って出るキーパーソン、イッコ役を演じています。広瀬さんからは何かアドバイスなどを受けたりしたのでしょうか。
すずちゃんは私にとって“お芝居の教科書”みたいな感じだったんです。アドバイスとかはあまりしない方で、背中で見せていくタイプの女優さん。かっこいいなと思いました。
現場でスタートがかかった瞬間に黒目が変わるんです。さっきまでのすずちゃんはもういなくて、その瞬間に目が定まって完全にイッコさんになっている。そういう姿を見て、「女優の仕事ってこういうことなんだ」と感じましたし、心から尊敬しています。
『キリエのうた』では、音楽とともに生きてきたキリエの生き様が13年にわたって描かれますが、ご自身が音楽を始めたきっかけを教えてください。
友達の一言で「歌ってみようかな」と思って始めました。
私は4歳の時から高校3年生までずっとダンスをやっていたのですが、高校3年生の時にダンスのチームメイトから「アイナは歌をやった方がいい」と言われて。カラオケに行って私が歌ったら、その子が泣いて「初めて尊敬した」って言われたんです。
こんなに一緒に踊ってきた友達に、ダンスではなく「歌をやった方がいい」って言われるということは、本当に歌の方がいいんだろうなって思ったんですよね(笑)。
お友達の言葉がきっかけで歌を始めたのですね。
そうですね。それで、渋谷のライブハウスでお客さん1人、みたいな中で歌っていたのですが、やっぱり自分のオリジナル曲がないとライブをする意味がないって遅ればせながら気づいたんですよね。
歌うなら自分の曲でないと意味がない、と。
人様の歌でライブをしてもただの趣味で、意味がないと思ったんです。それで、“もう自分で作るしかない”と思い立って、まず作ったのが「きえないで」という曲でした。2018年になってから、アイナ・ジ・エンドの初めてのソロ曲としてリリースしていただいた曲です。
映画『キリエのうた』でも、作詞作曲を手掛けた曲をキリエが歌っています。劇中の楽曲についてはどのように作っていったのでしょうか。
キリエのキャラクターを思い浮かべながら作りました。キリエは小さい時から人とうまく言葉を交わせなくなって、歌を歌う時だけ声が出る子。幼い頃からそうやって生活してきたから、もしかしたらキリエはあまり言葉を使わないかもしれない、難しい言葉を使わないかもしれないな、というところに着眼しています。
だから、キリエの曲の歌詞には“楽しい・嬉しい・悲しい・寂しい”みたいに、わかりやすい日本語を使っています。もしアイナ・ジ・エンドの曲だったら、「楽しい」を「華々しい時間だった」とか比喩表現として歌詞に落とし込むのですが、そういうことはキリエの曲では一切しない。わかりやすい言葉をシャウトするみたいに、歌い絞るような曲を書きました。
劇中では歌の他にダンスも披露していますね。ダンスもキリエとアイナ・ジ・エンドさんの共通項のように感じます。
そうですね。『キリエのうた』の撮影では特に振付があったわけではなかったので、思ったことを思った場所で、感じるように踊ったのがそのまま使われています。あと、もともとは海辺で歌うだけのシーンだったところを岩井さんに「踊らせてください」とお願いして、急遽踊ることになった場面もあります。
アイナ・ジ・エンドさんから踊らせてほしい、とお願いしたのですね。
海辺でイッコさんと一緒にいる時に踊るシーンは、当初歌だけでした。
キリエは小さいときに、「バレエ習ってるの」って言いながらバレエをみんなに見せるような子だから、踊ることも好きだし、踊りを見てもらうことも好き。でもすべてを飲み込んだ海は、震災を経験したキリエにとってはとても怖かった存在のはずです。
だから、海を前にしながら歌って踊る、というのはキリエにとってとても怖いことだと思うのですが……イッコのためであればできると思うんですよね。キリエが怖さや不安から解放されていくのも、歌う居場所を得られるのもイッコさんのおかげで。そんなイッコから見せてほしいって言われたら、“もう自分の勇気を見せるしかない“とキリエなら考えると思いました。
キリエにとって、イッコさんはそれほど大切な存在だから“イッコさんの前でなら怖いことでもなんでもできるよ”、という特別な気持ちを歌と踊りの両方で表現したかったのです。