シャネル(CHANEL)の2025年春夏コレクションが発表された。
1920年代、実用性と快適さを叶えた衣服を通じて、活動的な女性像を提案していったガブリエル・シャネル。装飾的で身体を締め付けるような19世紀のファッションに対して、シャネルが手がけた衣服は、柔らかな素材で仕立てられ、身体のシルエットと自然に響きあうものであった。そこには、社会的な、身体的な自由さが体現されていたといえる。
今季のシャネルは、ガブリエル・シャネルが衣服のうちに具現化した自由さを介して、「飛翔の物語」を紡いでゆく。それは、社会から注がれる厳しい視線から自らを解き放った女性へと向けられた思いであるという。そしてその「飛翔」とは、身体的・物理的であり、社会的であり、あるいはまた想像的でもあったはずだ。
文字通り「飛翔」した女性というと、アメリカ人の飛行士アメリア・メアリー・イアハートが思い浮かぶ。1927年、大西洋の単独無着陸飛行に初めて成功したチャールズ・リンドバーグに続き、翌年にイアハートは、女性として初めて大西洋単独横断飛行を行ったのであった。そういった女性の飛行士たちを彷彿させるようにして登場するフライトジャケットは、ツイードや柔らかな色味のファブリック、柔らかなフリルへと転換されることで、華やかな佇まいへと昇華されている。
装いにまつわる社会的な視線に立ち向かった動きのひとつが、1920年代に流行したギャルソンヌ・ムーブメントだといえる。少年を意味する「ギャルソン」が示すように、これは、少年を思わせる髪型や服装で装った、活動的な女性たちのファッションであった。その軽やかな足取りは、今季、大胆なスリットを入れたショートスカート、ストレートなラインを描くツイードのジャケットや軽快なドレスばかりでなく、インサーションを施すことで動きを出したスーツなどに見て取ることができるだろう。
1920年代は、ヨーロッパ社会を大きく揺るがした第一次世界大戦を経て、人々が古い秩序や価値観から解放されつつあった時代であった。加えて、「レザネ・フォル(狂騒の時代)」と呼ばれるように、美術、文学、舞台といった芸術の諸ジャンルが交錯して豊かな文化が育まれている。シャネルもまた、そのただ中にいた。1920年代の動きに深く身を浸したシャネルのスタイルは、活動的なギャルソンヌ・ルックの変奏として、今季のコレクションに響きわたっているのだ。
では、「飛翔」とは何に向かうものだろう。「想像的」とは、その謂いである。そして、身体的な飛翔と想像的な飛翔が交わるのが、バレエにほかならない。ロマン主義という異界への憧憬から影響を受けたバレエにおいて、ふわりと幻想的なスカートに見られるように、踊り手こそが現実と異界を架橋する存在であった。それならば、シャネルに見られるシースルーのケープやシャツドレスなどの優美さは、想像的な「飛翔」の反映であるだろう。何より、フェザーを散りばめたキャミソールドレスやケープなどには、飛翔を思い描く想像力が仮託されているのではなかろうか。