グッチ(GUCCI)は、2016-17年秋冬メンズコレクションを、イタリア・ミラノで発表した。今シーズンは、ジェンダーレス、ナード、70'sといったクリエイティブ・ディレクター アレッサンドロ・ミケーレの代名詞はそのままに、アメリカン・ヴィンテージと可愛い要素を取り入れ、その世界感はより濃厚かつ極上に進化している。
まず、ヴィンテージの要素から。過去の膨大なアーカイブを現代的に調理するのはミケーレの十八番だが、今回はグッチのそれを飛び出し、アメリカやドイツの服装史にまで範囲を広げている。それは、アメリカ空軍のG1タイプのレザージャケット、ジャーマントレーナー型のスニーカー、1940~50年代のハンティングジャケットを連想させる分厚いチェックのコート、熊のぬいぐるみ柄のスクールカーディガンなどで、古着のベースを忠実に再現しつつ、細部のバランスの調整や大胆にデザインを上乗せすることで、過去を少しだけ先の未来に変えている。
黒のスウェードのGジャンは、スパンコールに見立てた大小カラフルなボタンで豪華に飾られている。出自はウエスタンウェアに近い“作業着"だが、おそらくボタンはすべて手作業で付けられているから、もはやこれは”ウエスタン・クチュール”である。ジッパーとヨークが斜めになったウエスタンシャツは、なぜか皺だらけ。スタイリストがアイロンをかけ忘れたと思うかもしれないが、これは長年ふくろに入ったまま倉庫に眠っていた皺に対して敬意を表しているのだ。一部のジャケットの折り皺も同様にわざとである。
デニムは70~80年代のアメリカのネオ・ヴィンテージをベースにしている。裾から茎が伸びるような植物の刺繍が施されたデニムは、バランス良く色落ちした80年代のリーバイスの色味に近く、蝶や花の刺繍が一面に踊るボア付きのGジャンも同様。センタークリースが施されたブーツカットは70年代のそれに近い。グッチの資料室以外に古着屋に熱心に通ってなければ、こんなアイデアは絶対出てこないはずである。
次に”カワイイ”。白羽の矢を立てたのは、チャーリー・ブラウン少年の飼い犬であるスヌーピー。メッシュのボーダーのタンクトップや白のTシャツにプリントされていて(2体だけだが)、素材やモチーフの華やかさを和らげる役割を果たしている。複雑な織柄のコートの両胸元には、スカジャンに刺繍されるような龍の刺繍が鎮座する。でも、よく見ると龍の顔は、まるで赤塚不二夫のニャロメのようなユーモラスな表情をしている。遠目ではアルパカのとぼけた顔のように見えるニットキャップは、ビジューや刺繍を組み合わせて顔に見立てたトロンプイユのテクニックを駆使したもの。ニットキャップは、ピカチュウのような耳付きのものもある。
目新しく映るのはマントで、ネイティブアメリカン調のブランケット、アラスカンなどのリアルファーなどで表現されている。ボタニカルで貴族的な柄のゴブラン織のコートやジャケットは、袖先やヘムが切りっぱなしにして、ラフに着られるようにアレンジしている。
セットアップスーツは、やはり70年代のバタ臭さい雰囲気で、ラペルはあくまで太く、パンツの裾はフレアしている。白眉は、赤地にネイビーの花柄のタイルのような柄を並べたスカーフ生地風のスーツだろう。インナーに赤のタートルネックセーター、ハット、ビッグサイズのサングラス、華奢なレザーサンダルを合わせれば、2016年の最旬なスーツスタイルが完成する。
ナード、つまり”ちょいダサ”な表現は、ジーンズの裾をソックスにインするスタイリングにとどめを刺す。よほど気を使わなければ撃沈する際どい着こなしだが、彼が提案するとなぜだか洗練されて見える。
「過去の形跡とは、生気を失い化石化した遺跡でも、ミュージアムに幽閉された単なるオブジェでもない。むしろ、既にあったものに仕掛けられた起爆剤に点火することができる火花のもののようだと解釈するべきだ。その火花は、未来あふれる星座を生み出し、その未来において過去が現在と出会うのだ」――とはプレスリリースに書かれたドイツの哲学者で思想家のヴァルター・ベンヤミンの言葉。ミケーレはそのとおりのことを、間違いなく成し遂げている。
TEXT by Kaijiro Masuda(FASHION JOURNALIST)