ディオール(DIOR)のアーティスティック・ディレクターであるマリア・グラツィア・キウリにとって、各コレクションはひとつのテーマを追究し、それによって彼女独自のアプローチが変化を遂げる機会。そしてそのために、文筆家、研究者、アーティストとの出逢いは欠かせないことだ。
パリのロダン美術館で発表した2020年春夏オートクチュール コレクションは、アメリカのフェミニストアーティスト、ジュディ・シカゴとの出逢いから物語をスタートさせた。本記事では、そんな物語が完成するまでの舞台裏に迫っていく。
まず、マリア・グラツィアは、今季の創作にあたって、ジュディ・シカゴが提起したある言葉を思い浮かべた。
“What if Women Ruled the World ?” - もし女性が世界を支配したなら?
そんな疑問への回答を出すべく、マリア・グラツィアは、アテナのような女神を表現した古典的芸術に着想した。ヘレニズムの大理石彫刻『サモトラケのニケ』やボッティチェッリの『プリマヴェーラ』などの作品を思い起こさせる、壮麗な美しさと知性を兼ね備えた女性像の表現を試みた。
彼女たちを表現するため、ドレスやスーツには数々の精緻な工夫を。全78ルックそれぞれに、ドレープ、レース、アクセサリーなどのディテールを駆使し、恵みをもたらす“麦の穂”の黄金色をアクセントとして用いた。
こうして完成した今季のフェミニニティはより崇高なものへ。輝くような美しさとタイムレスな魅力を纏ったルックが多数登場した中、4つのルックの製作舞台裏を紹介する。
まずピックアップするのは、ジャカード生地をテープ状にして交差させて、オーガンザの上に配したスーツ。ただ女性らしさだけでなく、マスキュリンな要素を覗かせることで、より神々しさを湛えた。
まるで女性の身体を優しくなぞるように配されたテープは、立体裁断でまずジャケットとして製作し、それを断ち切り縫い合わせることで、オーガンザの上でも柔らかな体のラインを崩さないよう製作した。サーキュラースカートの上では、可憐に動きを促すかのようにカーブを描いてジャカード生地を施している。
2つ目に注目するのは、ラメのスケールをあしらったファンタジージャカードのドレスルック。トップ部分は手作業で組まれたマクラメ仕立ての装甲風に仕上げられている。まるでクレオパトラをも彷彿とさせる高貴なワンルックだ。
女神を彷彿とさせるシルクシフォンのドレスとケープは約600時間を費やされて完成した1着。ドレス全体に繊細なプリーツと流れるようなドレープを施すことで、より神々しい印象を生み出した。
この繊細はプリーツは、少しずつ手で布を縒って、スチームで仕上げたもの。さらにそれをリボン状にして結びあわせることで、1枚布では叶わないスカートの躍動感をもたらしている。
ライオンの顔が浮きだつエンブロイダリードレスも、今季のクリエーションを象徴するルックのひとつだ。トップには、ヌードカラーのオーガンザをベースに、チューブを折り合わせることでライオンの顔を形成した。スカート部分は、まるで小さな短冊を並べたかのように、2重に折ったプリーツをティアード風にして幾枚も重ねた。