それから店内の壁中には、ロックのポスターと共に、“バタフライ”の装飾を施すアイデアを思いつきました。そして壁紙はパープルに、床はレッドに、その他の家具は全てシャイニーブラックに染め上げたのですが、──これら全てはご存じの通り、今の「アナ スイ」のアイコンへと繋がっています。ただ最初のブティックの家具は、全てフリーマーケットで見つけたものを使用しているのが、今とは大きく異なる点ですよね。当時は一から全て、自分たちの手でペイントしていたんですよ。
■「アナ スイ」の誕生から、世界的な発展をする過程の中には、沢山の人々の出会いもあったと思います。アナさんが、“運命的な出会い”だったと感じる人を教えてください。
まずは私の大親友である写真家・スティーヴン・マイゼルの存在。彼とは、私がまだパーソンズ美術大学に通っていた学生時代に出会い、すぐに意気投合しました。スティーヴンは当初イラストレーターとしてキャリアをスタートしましたが、その後写真家に転向したので、彼の駆け出しの頃には、私がスタイリストとなって一緒に働いたものです。その後、彼が世界的な写真家となった後も、スティーブンには「アナ スイ」のビジュアルを何度も撮影してもらっています。
そして私がまだスティーブンのスタイリストとして働いていたころ、私たちの作品をみて繋がったのが、先ほどもお話したイタリア版『VOGUE』のフランカ・ソッツァーニです。彼女とはパリやイタリアでいくつか仕事を共にし、後の「アナ スイ」に欠かせない素晴らしい経験を積むことができました。フランカからは当時『VOGOUE』 で一緒に働く誘いもいただきましたが、最終的に私はハートに従い、現在のデザイナーの道を選びました。
■全ての出会いが繋がっているんですね…!
本当に。私はこうした素晴らしい出会いと経験を通して、起こることすべてに意味があること、そして起こることに身を任せれば、道が開けることを学ぶことができました。
実は仲良しのマーク・ジェイコブス(MARC JACOBS)も、最初はニューヨークで出会った友達なのですが、これもまたフランカの繋がりで、フリーランスとして二人でイタリアに渡った仲なのです。私たちは同じ会社の違う部署で仕事していたので、朝は車で一緒に現場に向かい、夜は毎日夕食を共にして、本当に沢山の時間を共有しました。ディナーの後には、よくマークが私の部屋に遊びに来たので、ただ二人で座りながら永遠とおしゃべりするんですよ。「明日の朝起きれくなっちゃうから、そろそろ寝ないとね!」て、どちらかが切り出すまでね(笑)
■現在お二人は世界的なデザイナーとなりましたが、今でも近しい関係なのでしょうか?
もちろん。実はマークとは昨晩も会ったくらい仲良しなんです(笑)もちろん今の私たちは、それぞれ膨大な仕事を抱えて多忙な日々を過ごしていますが、その合間に必ずキャッチアップできるような特別な努力をしています。もちろん今はメールなどを通じて、頻繁に繋がれる便利な世の中ですが、やはり彼は特別な存在なので、この夏だけでもすでに2、3回は会合をしました。これほど素晴らしい友人に恵まれて、私は本当に幸せを感じています。
■話を<現在>へと戻します。アナさんは毎シーズン、具体的なテーマ性を持ったコレクションを展開されることが多いですが、制作におけるインスピレーションはどのように得ていますか?
私の場合は、“イメ―ジボード”がインスピレーションの手助けをしてくれるように感じます。コレクションを制作中、時々自分でもどんな風にすればよいのか頭を抱えることもあるのですが、そんな時は私が夢中になっているイメージを寄せ集めることで、自分が本当に好きなモノは何か?そしてブランドの顧客に表現したいことは何か?をクリアにしていくことができるのです。
さらに画像をどんどん追加したのち、選んだ画像をもとに、カラーストーリーを作っていくのが私のやり方。こうしたステップを踏んだうえで、イメージボードは、少しずつコレクションのコンセプトへとチェンジしていくのです。
もちろんこうしたアプローチは、単なる“プロセス”にすぎず、各コレクションによって、すぐに上手くいくこともあれば、想像以上に苦戦し時間を要することもあります。
例えば、現在2022年スプリングコレクションの制作の真っ最中ですが、今季は私の今の夢でもある“温かな場所を旅する”インスピレーションからスタートさせたため、コンセプトは非常に明確でした。一方で、過去には既に洋服作りの段階まで差し掛かっているのに、テーマが全然定まらないこともありましたね。
つまりデザイン×コンセプトの両者が決定するまでのステップや所要時間は毎度異なるので、そのたびに臨機応変に対応する必要があるのです。
■そんなアナさんが制作するコレクションには、あらゆる時代のファッションやカルチャーの歴史が詰め込まれていることでも知られています。各時代の要素はどのようにセレクトされているのでしょう?
私はファッションのファンであり、ファッションの歴史が大好きなので、どの時代を切り取っても非常に刺激的なものでありますが、各コレクションごとの選び方に関しては、その時の私のムードも影響していると思います。
また私のコレクションは、主にヴィクトリア時代、ベル・エポック、20年代、60年代、70年代にインスパイアされているものが多いですが、いずれも“現代のテイスト”とマッチしているものを選んでいるのが共通点ですね。具体的には、各時代のファッションムーブメントに、何が影響を与えていたのかを調査して、現在との関連性を探る作業です。このプロセスは毎回本当にエキサイティングで、コレクションごとに新しい発見をもたらしてくれます。
■コレクション制作の上で、リサーチは欠かせないんですね。
私は常にリサーチをしていますよ。それは一種の私のお気に入りの習慣のようなものともいえるでしょう。何故なら私は常に学び続けたいですし、常にインスピレーションをもらいたいからです。
また、私のアシスタントを30年務めてくれていたトーマスという人物がいるのですが、彼のモットーである“毎日美しいものを見ること”には、私自身も深く共感しています。
■ブランド創業以来、一貫して貫いているアイデンティティを、アナさんの言葉でお話ください。
アイデンティティ、それはまさに「アナ スイ」というブランドの魅力そのものだと考えています。「アナ スイ」のファッションは、各シーズンごとに多彩なテイストがミックスされているし、異なる思考のプロセスやインスピレーションの背景が存在しますが、どの年代を切り取っても“ブランドらしさ”が非常に出てる。誰もが認識しやすいデザインなんですよね。
何故なら「アナ スイ」は、いつだってフェミニンですし、懐かしさとヴィンテージ感、そしてロックンロールのタッチがあり、たいていはとてもカラフルだからです。そして何よりも、いつでも楽観的なムードがありますね。私はこうしたコレクションを通して、自己表現を続けていきたいと思っていますし、それは私の本来の性分にぴったりなことですので、私にとってデザイナーという仕事は天職なのです。
ラストは、アナ スイ 2021年秋冬コレクションにて発表したキプリング(kipling)とのコラボレーションバッグにフィーチャー。“アナ スイらしさ満載”のファッションバッグが生まれた経緯について、話を伺った。
■キプリングとのコラボレーションが決まった際の感想は?
自分のビジネスでは出来ない製品を作れることは、いつだってワクワクしますが、キプリングからお話をいただいた時は、本当に感激し、興奮し、光栄に思いました。私のように旅行が多い人が楽しめる旅行用品や、キプリングの素晴らしいバッグに、「アナ スイ」のDNAをミックスすることができるのですから。
■具体的に「アナ スイ」らしさは、どのように表現しましたか?
やはりブランドの特徴を考えると、プリントで知られていると思いますので、「アナ スイ」らしいプリントとカラーパレットを使用しました。
また美しいエンボス加工のキルティングには、黒に近いチャコール、ダークチャコールで蝶を描き、その周りはパープル×マゼンダで縁取っているのがポイントです。