ミューラル(MURRAL)の2022年春夏コレクションが発表された。
もし美というものがあって、それが比例や対称、調和などよって認識されるのであるとするならば、そうした全き均整からこぼれ落ちる花びらのようにささやかなものとは、いかに言いあらわすことができよう。たぶんそれを、今季のミューラルがテーマとする「GRACE」、つまり優雅さ、優美さと名指しても良いのかもしれない。
だから、1輪の、ただ1輪の花でも、優雅でありうる。ミューラルを代表する刺繍レースのシリーズは、今季は花瓶に挿した1輪のアルストロメリアの花をモチーフに。フレアシルエットのドレス、ブラウス、セットアップでも着用できるスカートなどには、アルストロメリアの花の凛とした佇まいを、澄んだガラス花瓶を彷彿とさせる文様と組み合わせて刺繍で施した。色調は繊細かつ穏やかであり、ナチュラルホワイトやブラックのボディを基調に、きらめきを帯びた刺繍の上品な色彩とともに仕上げている。
こうした花と花瓶の姿は、ロバート・メイプルソープのカラー写真集『Flowers』に着想を得ているという。被写体の肌理を感じさせるまなざしは、こうして花瓶に向けられる。異なる色と質感の糸を組み合わせて編み上げたニットは、1960年代から70年代にかけて西ドイツで製造されていた陶器「ファットラバ(Fat Lava)」をイメージ。和紙やレーヨン、コットンなど、5種類の素材をそれぞれ異なる手法で編み上げ、カーディガンやAラインのスカートに用いた。一方で立体的なデザインのテーラードジャケットは、むしろ陶器がもつ独特のフォルムを反映している。
いま、「立体的」と書いた。今季のミューラルはボリュームのあるシルエットも特徴だ。ティアードドレスは、スカート部分にふわりとギャザーを施し、軽やかでエレガントな雰囲気に。スリーブにもギャザーで膨らみを入れ、丸みを帯びたシルエットに仕上げた。素材には、ダリアをモチーフとしたオリジナルの刺繍テキスタイルを採用。ダリアの花言葉は「豊かな愛情」だという。優美に咲き誇る花の姿が、ここでは立体的なボーラー刺繍によって、花束のように広がっている。
一方、パッチワークのノースリーブドレスやスカートは、植物の葉脈に着想。オリジナルのジャカードやシワ感のあるリップル、流れるようになめらかなサテンなど7種類の素材を、それぞれの断片を愛でるかのように組み合わせた。素材を縦方向に切り替えるとともに、パーツごとにギャザーの分量を変えることで、立体的で表情豊かな1着に仕上げている。
ただ1輪の花を生けること、陶器の肌理を愛でること、花束に高揚すること、あるいは縺れに縺れる葉脈に見入ること──ふと魅惑を感じるものごととはすぐれてパーソナルなものであり、それらが日常を紡いでゆく。スタンリー・キューブリック監督による1980年の映画『シャイニング』も、そのひとつであったという。同作の舞台となるホテルのカーペットの柄に着想を得た素材は、凹凸感のあるリップルジャカードにより幾何学模様を表現。トップスやタンクトップなど、気負いなく着用できるアイテムに用いた──日常に添える、花ひとひらの優雅さのように。