ミューラル(MURRAL)の2023年秋冬コレクションを象徴する素材のひとつである、幻想的な雪景色を表現したニードルパンチのファブリック。淡いグラデーションを織りなすこの素材は、ワンピースやジャケット、ハットなどに用いられている。その繊細さに込められた思いと製作プロセスを、この記事では紹介する。
「儚さ」を意味する「フラジャイル(FRAGILE)」をテーマとした、2023年秋冬シーズンのミューラル。そのテーマを体現するモチーフのひとつとして、デザイナーの村松祐輔と関口愛弓が目を向けたのが「雪」だ。北海道・富良野で目にした、降りそそぐ雪が積み重なってゆく光景──ニードルパンチを用いた繊細なファブリックは、こうした幻想的な雪景色を表現する素材であった。
ニードルパンチとは、多数の針が並んだ機械で、繊維を絡まらせつつ圧着し、布を作る技法だ。今季のミューラルは、幾層にも降り積もる雪のグラデーションを表現するため、3色のウールにシルクのきらめきでアクセントを加え、ニードルパンチ加工を施すことでファブリックを製作した。
ニードルパンチ加工は、無数の針で繊維を接着させるというシンプルな工程だからこそ、作り手の自由度が高い。だからその魅力とは、作り手のアイディアと想像力次第で、まったく新しい素材を生み出せる点にあると、デザイナーの村松と関口は語る。
今季、降り積もった雪の層を表現することを試みたとき、素材を重ねるという手法は初めから思い浮かんでいたという。では、ニードルパンチを使って、幻想的な雪景色をどのように表現するのか──多色の羊毛を土台に重ねてニードルパンチを施すことで、複数の色が自然と馴染んだ風合いを生みだしたのだった。
雪景色を表現したファブリックは、羊毛を重ねたのち、ニードルパンチを施すことで作られる。3色の羊毛とシルク繊維を、土台となるウール生地に重ねてゆくのは、すべて手作業。手間と時間を惜しまない工程により、繊細な風合いのグラデーションが生まれるのだ。
ニードルパンチを行ったのが、デザイナーの村松と専門学生時代から付き合いがあるという、群馬・桐生の加工場。土台生地に羊毛を重ねたものを、ニードルパンチ加工によって接着することで、ひとつとして同じ表情のないファブリックができあがる。
こうして作られたファブリックは、重ねて圧着するというニードルパンチの特性から、肉厚でハリのあるものとなる。一歩間違えれば野暮ったい印象になるところを、実際のウェアではすっきりとしたラインとシルエットにまとめることで、センシュアルな雰囲気に仕上げた。
ニードルパンチは、デザイナーの村松が学生時代から好んで用いていた手法ではあったものの、これまでミューラルのコレクションではなかなか使う機会がなかったという。今季、ようやくそれをかたちにすることができた村松は、こう語っている──
「やはり自分自身の頭で考え、手を動かすことがとても好きです。やり方はシンプルであればあるほど良い。これは、デザイナーとしてとてもプリミティブなことではある反面、実際には行うには難しいことでもあります。素材にコレクションの思いや願いを託し、自分の手で生み出すという大切な喜びを、改めて感じたきっかけとなりました。」