ミューラル(MURRAL)の2022年秋冬コレクションを象徴する素材のひとつ、収縮刺繍。緻密な刺繍と、熱によって収縮するファブリックが織りなす立体感を特徴とする収縮刺繍加工の素材は、今季、ドレスやジャケット、コートといったウェアばかりでなく、ハットやバッグにも採用されている。この記事では、収縮刺繍の魅力とその製作プロセスに光をあてたい。
収縮刺繍加工とは、熱を加えることで収縮する性質を持つ収縮布に土台布を張り合わせ、そこに刺繍を施したのち、収縮布に熱を当てるものだ。熱を加えると、素材のなかで刺繍を施されていない部分だけが収縮するため、表面に立体感のある凹凸の表情が生まれることになる。素材の特性と刺繍技術を組み合わせることで、ユニークで表情豊かな素材感を表現できるのが、収縮刺繍加工の特徴だ。
ミューラルの2022年秋冬コレクションでは、この収縮刺繍加工の素材を用いて、ロングコートやフライトジャケット、ロングスリーブやキャミソールタイプのドレスのほか、サコッシュやショルダーバッグ、バケットハットを展開している。
ミューラルの2022年秋冬を代表する、収縮刺繍加工のアイテム。この素材ができるまでのプロセス、そしてその魅力について、ミューラルのデザイナー村松祐輔と関口愛弓に答えてもらった。
■収縮刺繍加工を知ったきっかけとは?
わたしたちのコレクション製作は、アーカイブのリサーチから始まります。ミューラルのアイテムはすべて日本国内で生産されており、新しいシーズンの準備が始まると同時に国内の産地に赴きます。膨大なアーカイブ資料に実際に触れ、想像を膨らませることを通して、コレクションテーマを掘り下げ、その輪郭を浮かび上がらせていくのです。2022年秋冬の収縮刺繍は、こうした一連の流れのなかで出会ったものでした。
わたしたちの刺繍生地は、すべて北陸地方で生産されています。職人の方の話によると、正確な年代ははっきりしないものの、約50〜60年前に生まれた刺繍技術であるとのことです。当時、国内には現在と比べて刺繍屋が多く存在し、新しい技法を探求していました。収縮刺繍は、そうしたなかで生みだされた刺繍技術のひとつであるといいます。
解釈が曖昧であるのは、収縮刺繍に関する当時の記録や資料を持ちあわせている加工屋が、現在ではほとんど廃業してしまっているからです。一部の刺繍機械や資料は、暖簾分けのようなかたちで別の加工屋に引き継がれてはいるものの、それでも希薄な状態です。
■なぜ収縮刺繍をコレクション製作へ?
収縮刺繍のアーカイブと出会ったとき、その立体感から、最初はジャカードのような織物かと勘違いするほどでした。けれども近くで目を凝らせば、糸密度の濃い刺繍技術で表現されていて、そのギャップに強く感動しました。そして、この収縮刺繍の技術ならば、ミューラルの核となる刺繍によるデザインの表現の振り幅を広げてくれると、直感的に感じたのです。
直感を信じて、感動を形にする。それは、デザイナーとしてとてもプリミティブではあるけれども大切なことだと、あらためて強く思います。
■収縮刺繍加工のプロセスは?
まず、土台布と収縮布の2枚を重ねて、そこに刺繍を打ちます。この収縮布には、熱で収縮する特性があります。刺繍を施したのち、収縮布に熱を当てて縮ませることで、立体感のある凹凸の表情が生まれるのです。
特に難しいのが、貼り合わせの工程です。寸分のズレもなく土台布と収縮布を貼り合わせて刺繍を施すことは、職人の長年の技術と経験があってこそ織りなされる技です。
■ミューラルならではの収縮刺繍アイテムこだわりは?
ミューラルを象徴するオリジナルのレース刺繍では、多色の色糸を使用することで、刺繍の存在感を引き立てています。しかし、2022年秋冬で用いた収縮刺繍では、これらをあえてワントーンで統一することで、収縮刺繍ならではの立体感をより感じてもらえるよう仕上げました。
アイテムのデザインにおいては、この刺繍素材に独特の膨らみや立体感を活かすよう、アイテムの種類やディテールはシンプルかつオーソドックスにまとめることを念頭に置いています。ミューラルでは珍しいフライトジャケットは、その良い例ですね。
ミューラルのアイテムはクラシカルな要素がベースにありますが、収縮刺繍を用いたアイテムでは、あえてカジュアルな要素を取り入れています。そこには、使用する場面に縛られることなく、ミューラルの刺繍を体感してほしいという思いがあります。だから、ドレスやアウターといったウェアばかりでなく、ハットやバッグなどの日常的に用いることができる小物類も充実させています。
■収縮刺繍アイテムに込めた思いは?
今、職人の方の世代交代などによって廃業の危機に追い込まれている加工屋は数多くあります。今回、収縮刺繍を生産してくださった加工屋もそのひとつです。これほどすばらしい技術が失われようとしていて、それをただ見て見ぬふりをすることはできません。優れた伝統は、後世へと語り継ぎ、残していかなければならない。ミューラルだからこそできることを通して、技術の継承と発展に携わることができればと強く思っています。