プラダ(PRADA)の2016年春夏メンズコレクション。お洒落人の渋滞を抜けると70年代の異空間であった。というのは冗談だが、今回のプラダの会場は、ポリカーボネートの透明な波板や平板を天井から現代アートのように吊るしたチープシックな空間。なんとなく映画『007』のスクリーンの中に迷い込んだような、旧き良き時代のフューチャリスティックな匂いもある。
什器と同じポリカーボネート製のレターには「S/S16 Men and Women Show」と書かれている。言うまでもなく今はミラノ・メンズ・コレクションの期間中。私の記憶が確かなら、メンズの期間中にはっきりと「Women Show」と記載したブランドは初めてのような気がする。15年秋冬のプラダのコレクションは、今秋の最大のトレンドである“ジェンダーレス”の象徴のように捉えられているが、その評価に対する否定なのだろうか。「主題が一緒なら男女の雰囲気が似寄るのは当然のこと」というミウッチャの心の声がこの何げない一文に現れているような気がした。
コレクションに目を移してみよう。インスピレーションソースは、70年代の自動車レース「F1」と自転車レース「ジーロ・ディターリア」だろう。カーレースのモチーフは、超ファットタイヤとビッグウイングのF1カーを全面にちりばめたニット、当時のドライバーがかけていたティアドロップ型のサングラス、持ち手と本体をつなぐパーツをホイールとタイヤに見立てたハンドバッグ、映画『栄光のル・マン』でお馴染みのGULFカラーのライトブルーとオレンジのアイテム(とくに整備士のユニフォームを連想させるブルゾン)などで表現している。自転車のモチーフは、70年代のビンディングシューズ風のシューズ、サイクリングジャージをアレンジした半袖セーター、スポーツウェア風のタンクトップなどに反映。その他にもロケット、ウサギ、目のモチーフを多用しており、いつもより少しポップな印象を受ける。
また、2015春夏に提案した“目立つ縫い目”の表現が復活。といっても、今度のステッチは正反対の極細。縫い目の白がチョークで描かれたように浮かび上がったジャケットや、太ももを大胆に露出した丈の短いショートパンツなどに取り入れている。スタイリングの緻密さとラフさのバランス感覚は相変わらず絶妙で、ソックスの重ね履き、80年代に流行した“肩抜き”、袖口の重層的な表現などにチャレンジしている。カラーパレットは、ブラックとネイビーとグレーが主体。そこにワインレッド、ライトブルー、オレンジ、グリーン、イエロー、ブラウンを挿して、遊び心を加えている。
さて、ミウッチャの心情を読み取ってみるとしよう。70年代のスピードは、F1もすでに300kmオーバーを実現していたし、自転車も十分に速かった。でも、当然インターネットはなかったし、コンピューターを介さない手に届く範囲の速さだった(当時のF1ドライバーやロードレーサーは紛れもない超人だが…)。インターネットとスマートフォンの普及により、世界はずいぶんと近く、速くなったけれど、その過程でなにか大切なものを失っているような気がしないでもない。ひるがえって服に視点を向けると、それが作られる工程は、基本的にはなんら変わっていない。糸を生地にして生地を裁断&縫製して服を作る工程は同じなのである。それはつまり、服には“個”の視点や思いが反映できる余地が残っているということである。今宵のミウッチャのコレクションは、70年代にキラ星のごとく輝いたジル・ヴィルヌーブやエディ・メルクスの“走り”に匹敵する“凄み”があった。
TEXT by Kaijiro Masuda(FASHION JOURNALIST)