トム ブラウン(THOM BROWNE)の2022年春メンズ・ウィメンズコレクションが発表された。
たとえば古代ギリシアの彫刻が人を魅了するのは、その形象の均整ばかりでなく、時を経て生じる風化や欠損ゆえでもあろう。それは、詩人の清岡卓行が《ミロのヴィーナス》の両腕の欠損に認めた美のアイロニー、失われた両腕の無限にあり得た形を思い描くイマジネールな跳躍である。
今季のトム ブラウンは、そうした逆説的な魅惑を主題化するように思われる。といっても、完成された美へのアンチテーゼといった、いわゆる「未完成」的なものではない。むしろ装飾を排したミニマルさが基調にある。ノースリーブのワンピースやシャープなAラインを描くスーツ地のローブ、さながらファブリックを身体に巻きつけたかのようなラップドレスなど、いずれも装飾的な要素を厳しく排し、研ぎ澄まされたフォルムを描いている。
そうしたミニマルな衣服に、いかにして古代を取り戻そう。たとえばボッティチェッリやギルランダイオといったルネサンスの画家は、裾のはためく古代風の衣裳でもって、絵画に古典の息吹を吹き込んだ。布地をさながらカンヴァスに見立てて描き出された、トロンプルイユのひだやプリーツは、ドレスやローブのミニマルなフォルムに豊かな表情を付与しているといえる。
一方で、ブランドを象徴する屈強なテーラリングはもうひとつの軸であり、ジャケットスタイルばかりでなく、ノースリーブでロングジレに仕上げたチェスターコートや、スリーブを身頃と接続したポンチョなどにも変奏されている。スリーブは、フルレングス、ハーフレングス、ノースリーブと、アシンメトリックに組み合わせるばかりでなく、バスト下のショート丈で仕上げたジャケットなどにも見るように、短長さまざまなピースをリズミカルにレイヤードすることで、スリーピースの豊かな交響を奏でている。
概して装飾を厳しく排し、ミニマルなフォルムを中心とするなかで、花を一面にあしらったローブは、その華やかな出で立ちでもって独特の存在感を示す。しかし、グレーを基調としたコレクションに時折り挟まれるレッドやブルー、グリーンの鮮やかさとは打って変わって、花々の色彩は石化したように奪われている。そこには、華やかな装飾を施してもなお、色彩のミニマルさをあくまで追求する姿勢を見て取れるだろう。