建仁寺は、将軍源頼家が寺域を寄進し栄西禅師を開山として、宋国百丈山を模して建立された。
正元元年(1259年)宋の禅僧、建長寺開山蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が入寺してからは禅の作法、規矩(禅院の規則)が厳格に行われ純粋に禅の道場となった。京都最古の禅寺として有名だ。
苔やモミジの木、石組みから構成される「潮音庭」は、どこからみても正面に見えるように計算された造りとなっており、書院や回廊など、さまざまな角度から多彩な表情を楽しめる。
現在の境内は、廃仏毀釈、神仏分離の法難により塔頭の統廃合が行われ、余った土地を政府に上納したのちのもので、明治時代より半分近く縮小されている。場所は四条通から南に向かって花見小路通を抜けたところ。周辺には常光院、毘沙門天堂なども位置する。