エルメス(HERMÈS)が東京・銀座に展開する銀座メゾンエルメス フォーラムでは、展覧会「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」を、2期にわたって開催する。第1期の「新たな生」崔在銀(チェ・ジェウン)展は、2024年1月28日(日)まで。
地球規模の気候変動への取り組みなど、現代の人々が直面する環境にまつわる課題は、生態系から経済、社会、政治まで、多面的な再考を迫るものだ。「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」展は、アートを通じてこれらの問題を考察する展覧会。「エコロジー」を、自然環境にとどまらず「循環するエネルギーの様態」として捉えたうえで、自然との関わりから人間の生やものに向き合うアーティストを、個展、グループ展の2つの展覧会により紹介する。
第1期「新たな生」展では、環境や自然との対話を継続してきたアーティスト、崔在銀(チェ・ジェウン)を個展形式で紹介。1953年韓国・ソウルに生まれた崔は、来日を契機に生け花と出会い、生をめぐるアート作品の制作に取り組んできた。その活動は、自然生態系にまつわる問題に対峙しつつ、自然との理想的な共存関係を再構築することを試みるものであるといえる。
会場では、40年にわたる崔の活動を、過去作と新作を織り交ぜつつ紹介。和紙を土に埋め、時を経たのちに掘り起こす「ワールド・アンダーグラウンド・プロジェクト(World Underground Project)」といった現行のプロジェクトに加えて、白いサンゴを用いた新作《White Death》を展示する。
崔の活動の起点は、生け花、そして土にある。1976年に来日して生け花と出会った崔は、草月流三代目家元・勅使河原宏(てしがはら ひろし)に師事し、革新的な表現を目指す「前衛生け花」にふれていった。本展に出品されてはいないものの、こうして手がけられたのが、《循環》だ。生け花が、まずは草花を切る、それを育む土壌から切り離すことから始まるのならば、崔は同作においてこの出発点を問い直し、植物を土とともに提示したのだった。
土に対するこうした関心が表れている作品のひとつが、本展に展示されている「ワールド・アンダーグラウンド・プロジェクト」だ。これは、世界各地の土壌に、自然の産物である和紙を埋め、3〜5年の年月が経過したのちに掘り起こすプロジェクトである。紙は、各地の土壌の性質に応じて多様な色合いに変化し──時として紙は石化したり、あるいはまったく消えたりするという──、いわば土と時間がともに織りなす自然のドローイングとなる。会場では、韓国の慶州と日本の福井に5年間埋め続けた和紙を、初公開している。
草花ばかりでなく、それを育む土にまで目を向けること。自然全体を慈しむ崔の姿勢は、「ある詩人のアトリエ」と題された空間から、よく見てとることができる。たとえばそこで目にすることができるのは、押し葉とともにその植物の名前を記した《私たちが初めて会った時》。これらの植物は、崔が毎朝、散歩の折りに採取したものだという。多種多様な植物が生い茂るなか、人々はそのうちどれだけのことを知っているのか──名指すとは、その植物を知っていることを示す、ささやかな、しかし端的なしぐさにほかならないだろう。名前を添えた押し葉は、こうして、ひたむきに自然をすくい上げる崔の身振りを示している。
新作《White Death》は、これまで土に関心を寄せてきた崔が、海へと目を向けた作品だ。ガラス窓に面した空間には、白い死珊瑚が、あたかも海岸の波打ち際のように広がる。同作で使われているのは、沖縄の死珊瑚である。珊瑚は、地球温暖化による海水温の上昇や水質の悪化などによって海中の生態系が崩れると、共生関係を結ぶ褐色藻(かっちゅうそう)を失い、白い骨格部分が見える白化を示すようになる。環境がそのまま回復しなければ、白化した珊瑚はやがて死に至ることになる。
崔は沖縄を訪れた際、白化し、無数に打ち上げられた珊瑚の光景を目の当たりにしたという。《White Death》は、沖縄の珊瑚のこうした現実と対峙することから生まれた作品だ。白く静謐に広がり、それだけにいっそう悲哀を帯びる同作は、人間の営みと自然環境のもつれるような関わり合いに目を向けさせるものとなっている。
さらに、本展では、朝鮮半島を南北に隔てる非武装地帯(DMZ)を舞台に、自然が自ら実現する生態系を思い描きつつ森の復元を試みる「Dreaming of Earth Project(大地の夢プロジェクト)」なども紹介。つねに自然とともにあることに関心を向けて展開されてきた、崔のさまざまな活動にふれることができるだろう。