コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)の2025年秋冬コレクションが発表された。

“小さなもの”をすくい上げること

小さなものに宿る強さ──「SMALLER IS STRONGER」と題された、今季のコム デ ギャルソン。コレクションには、こんな言葉が寄せられている──「グローバルなカルチャー、システムといった大きな波に飲み込まれて何も感じなくなる現代。／その中にあって、どんなに小さくても新しいことを見つけてやるべきだという思いで服を作った」。そこでは、世界全体を隈なく覆いつくす、大きな「ひとつの概念」に対して、疑問符が突きつけられている。

今季のコム デ ギャルソンにおいては、衣服を構成する個々の要素は大きくデフォルメし、あるいはそれらが寄り集まり、何か衣服という全体を形作っていることが見てとれる。たとえば、スーツを思わせるストライプ柄やシャドーチェック、存在感あるギンガムチェックやタータンチェックのファブリックは、大胆に波打ち、立体を織りなす。あたかも鉱物や植物のごとく、不定形に出っ張り、引っ込み、身体を覆いつくす。時にそこには、フリルが流れるように咲き、花のデコレーションが馥郁と香りたつ。

ドレス、時にジャケットの要素を自在にデフォルメしたこれらの衣服は、非対称な造形とハリのある素材感ゆえ、身体の自然なシルエットから離れ、ほとんど自律的なフォルムを作りだしているといえる。なるほどこれらの衣服は、言葉で表すには「ドレス」と言うほかないけれども、むしろ積極的に「ドレス」という概念から逸脱するとともに、個々のディテールが持つはずの定まった名称を掻き乱すかのようである。

ところで、「小さなものに宿る強さ」と言ったとき、この「小さなもの」とは何だろう。大きな構造に飲みこまれる「小さなもの」。それは、ひとりひとりの人であり、その感覚ではなかろうか。たとえば、〈歴史〉というものを思い起こすと、いつどこでどういった事件が起こった、という記述が並んでいる。そこに登場するのは、往々にして歴史上の偉人だ。〈歴史〉とはいわば勝者の歴史であり、そこでは生活を紡ぐひとりひとりの個人、その時々に湧きたつ感情と感覚は、儚くも零れ落ちてゆくことになる。

世界を単一的に覆いつくす「ひとつの概念」から、「小さなもの」を生けるかたちですくい上げること。それを、19世紀末ヴィーンを象徴する詩人フーゴ・フォン・ホーフマンスタールが残した、『チャンドス卿の手紙』というテクストから理解してもいいかもしれない──「私はもう、何ごとも単純化してしまう習慣の眼でもってそれ〔＝事物〕を捉えることができなかった。私にはすべてが解体して部分に分かれ、その部分がまた細分化し、もはや何ものもひとつの概念で覆いつくすことができなくなったのです。〔……〕それらはまた、覗くと眩量のする渦巻であります。絶えずくるくると廻転し、それを突き抜けると虚無にまで達する渦巻なのであります。」

確かに、大きな構造の中にうまく位置付けられた「概念」を使えば、自分たちをとり巻く多くの物事を単純に捉えることができる。けれども、そうした「概念」からは、つねに個人の感覚が零れ落ちてしまっているように思われよう。「概念」から距離をとり、徹底して自らが感覚しうる現象の場に踏みとどまること。そうして「概念」から離れた先に待ち受けるのは、見知った現実が解体し、目眩く感覚要素が渦動する世界ではなかろうか。

コム デ ギャルソンにおいて、見知っていたはずのドレスやジャケットは、目眩くように波打ってやまない。ファブリック全体にギャザーが施され、湧きたつように凹凸を示す。ドレスのパーツはサイズを微妙に変え、平面の上を影のように反復する。あるいは、衣服のサイドをなすであろうパーツは、あたかもプリーツのように繰り返され、1着のドレスを織りなす──ホーフマンスタールに倣うのならば、コム デ ギャルソンが衣服として具現化するのは、大きな「ひとつの概念」から解き放たれた「感覚の渦動」であったように思える。