その男は静かにランウェイに足を踏み入れた。目深に被った三角形のハットから一文字に結んだ口だけが不気味に露出していて、ストライプのダブルブレストのジャケットは、斜めに裁断されている。下半身はヘムが斜めになったゆったりしたショートパンツに、グラフィティ柄のスパッツの重ね着。こんな不協和音の玉手箱のようなスタイルで、2015-16年秋冬のコム デ ギャルソン・オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)のショーの幕は明けた。
前半は“斜めの男たち”の行進である。主役は視界を歪ませるような形状のジャケット。片方の肩をハンガーにずらして掛けたような引きつった形状のダブルブレスト、ボタンを斜めに配したスタンドカラー、サランンラップをぐるぐる巻きにしたような幅10cmほどの細い生地を斜めに縫い合わせたジャケットなど、バラエティに富んでいる。他のアイテムは普通に真っすぐなので、余計に上半身の不和が目立つという仕組みだ。
中盤に入ると、ファーストルックでひざ下のみ露出していたグラフィティがその存在を主張しはじめる。色とりどりのペンで無造作に落書きしたような柄は、アメリカのタトゥーアーティスト、ジョゼフ・アリ・アロイ(JK5)の手によるもの。スポーツ用のインナーウェアのように肌にぴたりと沿ったタトゥー柄のTシャツやスパッツは、何かの呪文のようにも、自らの信念・主張を肌に刻んだタトゥーのようにも見える。
タトゥーの後は、白シャツに黒の蝶ネクタイにタキシードジャケットを合わせたフォーマルルック。ジャケットは鋭角な刃物で切り刻んだようになっていて、切れ目から裏地の白が見えるようになっている。ラストはオールホワイトの爽やかなスタイル。前から見るぶんにはプレーンなライダースジャケットやトレンチコートなのだが、背中には宗教的な雰囲気の物々しいイラストが鎮座している……。
テーマは「儀式」。2015年春夏で訴えた「戦争反対」のような明確なメッセージはないけれど、斜めとタトゥーという2つの特徴から川久保のメッセージを読み取ってみるとしよう。情報が洪水のように押し寄せてくる今、その出自がたとえ大新聞やTVであっても、必ずしも正しくないことを僕らは知っている。また、今の日本は入れ墨嫌悪国だが、300年前の江戸時代には極めて当たり前の存在だったし、さらに遡れば縄文、弥生時代には世界有数の入れ墨文化を有していたと言われている。何が言いたいのかというと、ちょっと視点を変えれば、正しいことが正しくなかったり、嫌悪されているものが好かれていたりするのだ。今回のコレクションは「世の中を斜めに見ることの大切さを伝える儀式」なのである。
Text by Kaijiro Masuda(Fashion Journalist)