アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)の2020年春夏コレクションでキーワードに掲げられたのは「時間(Time)」。忙しなく時が過ぎる現代社会に対して、丁寧な洋服作りの過程における“時間”を今一度再考したコレクションとして発表された。
もとより、クチュリエによる丁寧な手仕事で知られるアレキサンダー・マックイーンだが、今シーズンのランウェイではひと際観客の目を奪う、鮮やかな“花刺繍”のレディ・トゥ・ウェアがあった。“絶滅危惧種の花”をモチーフにしたというそれらの美しいピースは、メゾンが大切にする“自然への愛”を込めた特別なもの。そして同時にシーズンテーマを引き継ぐ、職人たちの繊細な洋服作りの過程を経て誕生したこだわりのアートワークでもある。
本記事では、そんな美しきクリエイションが誕生するまでの、制作過程を特別に公開。メゾンのアトリエから、ランウェイに登場するまでの裏側をじっくりと覗いてみよう。
まず手刺繍の前段階で行われるのは、デザインのベースとなるドローイング作業。アレキサンダー・マックイーンの刺繍チームは、絶滅の危機に瀕している花や絶滅した花を徹底的に調査したあと、デザインスタジオで花の絵を描くことからスタートした。そして彼らが同時に行ったのは、過去のアーカイブを見直すこと。過去コレクションのサンプルやテクニックを引き出しながら、今季のコレクションに似合う作品を作り上げていったのだ。
こうして“花の絵”が完成した後は、いよいよ手刺繍の作業へ。デザインチームで描いたひとつひとつの花には、その美しさを最も引き立てるシルク糸を選ぶことが重要。そして厳正な審査の後、初めてのオリジナル刺繍が、アートワークの上に施されていく。
出来上がったのは、まるで“花のスケッチ”のような風合いの繊細なアートワーク。色の属性に沿って描かれた花の絵を、様々な技法の手刺繍によって再現したことで、このような特徴的な風合いに仕上がっている。
“ドレス作り”はまだまだ終わらない。その次の作業となるのは、サンプルとなるルックに、アートワークを配置することだ。デジタルや手作業により、ドレスの様々な位置でそのバランスを確認したあと、実際のスケールでピン留めが行われていく。用意された複数のルックには、それぞれのデザインに合わせた異なるアートワークを配置していくのも、メゾンこだわりの制作過程だ。
そしてここからが、いよいよ刺繍チームの正念場。花のアートワークの配置、シルエット、フィット感がすべて完璧になってはじめて、彼らは実際のパターン上でアートワークの設計に取り掛かることができる。パーツごとに分けられたパターンには、再び繊細な手刺繍が施されていく。
こうした気が遠くなるような時間と作業を経て完成したアートワークは、メゾンのデザインスタジオへと戻された後、各パネルを繋ぐ作業が行われる。“endangered flowers”と名付けられたこのアートワークは、最終的にシルクガーゼのテーラリングやエレガントなドレスとなってランウェイに登場した。