アツシ ナカシマ(ATSUSHI NAKASHIMA)の2022年春夏コレクションが、2021年10月20日(火)、東京駅のグランルーフにて発表された。
人はふだん生活しているとき、たとえば知覚するものをすべて明晰に意識しているわけではない。あるいは過去の記憶も常に意識しているわけではないが、必要とあらば、過去に意識を向け、その記憶を呼び覚ますこともできる。鮮明な意識の下で、黒々とうごめくもの。今季、アツシ ナカシマがテーマとした“SUBCONCIOUS”とは、通常は意識されていないが、その下で絶えずうごめき、時として意識の上に現れうる潜在意識の謂いである。いわば可能なものが可能なままの「ありうる」ものとしてうごめくその姿を、衣服へと落とし込むのである。
序で「黒々と」と書いた。意識にのぼる手前にあって黒々とうごめくその深みを、アツシ ナカシマは黒の後染めミリタリーウェアで表現している。トレンチコートやミニマルなワンピースは、黒の深みが素材の光沢感と相まって鈍い光を帯びている。また、シャツやジャケットなどにはステッチも多用されており、ディテールをファブリックでは実現せず、ステッチのかすかな線によってほのめかす。さながら“可能を可能のままに”想像させるかのように。
黒々とうごめくものは、ふとした拍子に意識の上にのぼり、白い光の中に晒される。しかしだからといって明晰なイメージをとるわけではなく、意識と潜在意識のあわいにあって、それは人の目を絶えず欺く。ウエストを絞り軽やかに裾の揺らめくワンピースや、オープンカラーシャツには、ホワイトとブラックのストライプ柄とチェッカーボード柄が組み合わせて用いられているが、ふたつの柄は互いに絡み合い、溶け合い、通常ならば線や格子がもたらすはずの端正な秩序から逃れさっている。
そうした絶えずうごめく心の中の潜在的なイメージはまた、ブラックのTシャツやシャツ、ワンピースなどにのせたグラフィックに反映されている。アイテム自体は極めてベーシックなシルエットであるため、多様なイメージが混ざり合う、色鮮やかで鮮烈なグラフィックの存在感を高めているといえよう。
ありうるものをありうる姿のままに留めおく。それはある意味で、決してひとつに収束せず、千々に枝分かれする未来の可能性へと望みを託すことかもしれない。したがってショーの終盤で登場したドレスは、フリルにフリルを重ね、ドレープにドレープが揺らめくボリューミーなフォルムで衣服の形の自由さを示しつつ、ホワイト、ピンク、そしてグリーンの明るいカラーでまとめられている。
「今日ですべてが過去に沈んでしまった。そして私は秋になってしめやかな日に庭の木犀の匂を書斎の窓で嗅ぐのを好むようになった。私はただひとりでしみじみと嗅ぐ。そうすると私は遠い遠いところへ運ばれてしまう。私が生れたよりももっと遠いところへ。そこではまだ可能が可能のままであったところへ」(九鬼周造「音と匂 ──偶然性の音と可能性の匂──」)──リフレインする、「可能が可能のままであったところへ」と。今季のアツシ ナカシマが赴いたところとはある意味で、意識されるものとされないものとの“あわい”にある、この「可能が可能のままであったところ」であったのかもしれない。