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【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」

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【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真

妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しいんでしょうね。

ビューティフルピープルは不思議なブランドだ。一見普通なのに、なぜだか着ていると幸せな気持ちになり気分が上がる。その幸せ感の理由は、ひとえにこのメゾンが楽しそうに服を作っているからだと思う。ビューティフルピープルを牽引する熊切秀典に、過去と現在、向かうべき未来について聞いた。

Interview by 増田海治郎/ファッションジャーナリスト

2014春夏はロックスターのキラキラしたイメージ

2014春夏のテーマは「The beautiful people」と直球でした。

学生の頃から音楽をやっていて、ビートルズとかローリング・ストーンズとか1960年代〜70年代前半の音楽が好きで今も聞き続けています。インビテーションの写真はビートルズに熱狂する女の子とそれを阻止している警備員さんの写真ですが、皆が憧れる当時のスターの自由でキラキラしている感じ、そういう空気感を表現したくて今回のコレクションを製作しました。

【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真
ビューティフルピープル 2014春夏コレクション

で、警備員さんがお笑い芸人のザキヤマに瓜二つだったというオチもありました(笑)。

そうですね(笑)。自分は気がつかなかったんですが、インビテーションを送った後にみんなに突っ込まれました。それはさておき、当時のスターってホント自然体で輝いているんですよね。肩の力が入ってなくて、当時の写真を見るだけで幸せな気持ちになれます。コレクションを作る作業は時に苦しみを伴うものですが、今回は僕らもリラックスして楽しみながら作ることができました。もちろんプロダクトとしては、これまで以上にこだわったしっかりした物を作っていますが……。

【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真

今回のショーは代々木ビレッジのオープンスペースで行いました。カップルで歩く演出も新鮮でしたね。

公共の場所にスターが突然現れて即興でライブをするようなイメージでやりたくて、そうなるとランウェイが敷かれたショー会場より開かれたスペースのほうが、楽しさが伝わると思いました。カップルの演出は、ミック・ジャガーとキース・リチャーズとその彼女たちの写真を見てとても楽しそうだったので、その雰囲気をショーで表現してみたかったんです。最近はペアルックのカップルを滅多に見なくなりましたが、お揃いの服を着て街を歩くのは周りを気にしなければ絶対に楽しい(笑)。だからモデルたちにも無言ではなく、自由に会話を楽しみながら歩いてもらいました。

当時のイメージを素材や色にはどのように落とし込んでいるのですか?

残っているものはモノクロの写真が多いので、そこからインスピレーションを受けています。グレーのリネンを多用していますが、それはモノクロ写真のイメージを投影させたものです。他の色もそこから想像していて、グリーンやネイビーとか春だけど渋めの色彩を多く使っています。
素材は、袖を通して心地良さを感じてもらえるようにしたかったので、リネンをいつもより多めに使いました。透け感のあるジャケットは、裏地の上にレースを当てて、その上に透けるウールを重ねた3層構造の自信作です。通常、レースは外側に出すものですが、強撚したスーパー160’sの透けるウールを生地屋さんと共同で開発できたので、思いきって中に入れてみました。これまでにない新しい表情が作れたので、自分でもとても気に入っています。

レディースはこれまでと少しシルエットのバランス感が違うように感じましたが?

ジャケットのボタンの位置をいつもより低くしています。素材との相性を考えるのはもちろんですが、「ミック・ジャガーが着ていたダブルのジャケットを女の子が着たらこんなバランスがいいかな?」とか色々考えて、今回のバランスに落ち着きました。いつものトラッドなイメージより、ちょっと活発な雰囲気になっているかもしれないですね。

【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真 【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真

鶏のモチーフも印象的でしたが、あれは何を意味しているのですか?

ロックとか自由の意味で“飛ぶ”イメージを形にしたくて、鶏をその象徴として使いました。鳥かごの中にビートルズが入っている写真を見て、透けるカットソーに鳥かごをプリントしたり、Tシャツに尾長鶏が喧嘩している様をチェーンステッチで表現したり……。この2枚は重ねると鳥かごの中で喧嘩しているように見えるように作っていて、バンド同士の微笑ましい争いをイメージしています。それと、本当はギリシア文明の彫像の「サモトラケのニケ」の羽根の生え方をカッティングに取り入れた「飛べるTシャツ」をショーで見せたかったのですが、試作品は残念ながら飛びませんでした。でも、それが後身に流れるドレープスリーブの変形Tシャツになったので、結果オーライです。

ビートルズやローリング・ストーンズが輝いていた1960〜70年代前半は、僕は生まれてないので憧れでしかありません。「最近の新しい音を知らなさすぎて良くないかも」と思うこともありますが、彼らの音楽は聞いていてホントに心地が良い。自分もミックやキースのように飛んでみたかったんです(笑)

【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真

洋服に囲まれた子供時代、着飾ることに興味なし(笑)

子供の頃、洋服に興味を持ったきっかけを教えていただけますか?

正直に言うと、子供の頃も今も自分を着飾ることに興味がないのですが、母親がニットの編み物教室をやっていたんです。祖母が嫁入り修行の学校、着物の着付けとか編み物とかを教える学校をやっていて、母は二代目でした。毛糸屋さんから糸を送ってもらって、編地を開発するような仕事もしていたようです。だから常に糸や素材に囲まれていて、洋服は身近にある存在でしたね。
 思春期になっても洋服には相変わらず興味がなかったので、高校は普通の学校に行きました。進学校だったので、一応は人並みに勉強していました。それで、現役での合格は適わず悶々とした浪人生活を送っていたのですが、大学の最後の試験が終わってヤバそうな顔をして帰ったら、家に文化服装学院の願書が用意されていた(笑)。装苑やハイファッションが家にあったのは知っていましたが、文化服装学院の存在も知らなくて……。このまま2浪するのも嫌だったし、締め切りまで3日しかなかったので、言われるままに応募しました。

【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真

お母さんの引いたレールに思いっきり乗ってますね(笑)。

反発も何もなくて、最終的にそこにぽんと乗れたかんじですね。当時はまだ受験戦争が厳しくて、とにかく精神的にキツかった。周りには、勉強に集中するために眉毛を片方剃るやつとか、女の子と遊ばないためにあそこの毛を剃るやつとか、色々な人がいました(笑)。自分はそこまで勉強、勉強ではなかったけれど、変なプライドがあったので、一流校しか受けなくて、明治大学が滑り止め。浪人時代は本当にツラかったので、オリエンタルラジオの勉強ネタをテレビで見ると、今でもすごく共感してしまいます。でも、結果的に文化に行って今があるわけですから、母の敷いたレールに感謝しています(笑)。

1990年代中盤はまだバブル的な価値観が蔓延していた時代だと思いますが、一流大学に行って一流企業に入るのが成功だと思っていましたか?

いや、当時からその考えはなかったですね。自分は村上春樹が通った学校に行きたかったんです。小説とかそっちをやりたかった。大学4年間を自由に過ごせればと思っていました。日本文学全集とか世界文学全集とかを子供の頃から読んでいましたが、村上春樹にハマってからそればっかりでしたから。

今もビューティフルピープルとしてバンド活動してらっしゃいますが、音楽への興味はいつ頃から?

高校の頃から、ヘビーメタルとハードロックにハマり、バンドも組んでいました。といってもそういうハードな格好はしていなくて、ファッション的にはグランジが一番しっくりきた感じですね。その頃ニルバーナが出てきて、だいぶ影響されました。お洒落に目覚めたというわけではありませんでしたが、家が神奈川の厚木だったので、町田の古着屋に良く行きました。当時は裏原とか流行っていましたが、あまりピンときませんでしたね。

縮絨のギャルソンにハマり、就職はギャルソン一択

文化に入ってみてどうでしたか?

1年生の時は馴染めなかったですね。みんなお洒落で凄いなーと思っていた。でも、2年生の時に「コム デ ギャルソン」の縮絨のコレクションを見て、初めてギャルソンを意識しました。ボロボロでデコボコでなんか凄いぞと。それからどっぷり浸かりましたね。エフェクターがギャルソンに変わったかんじで、とにかく服を買いまくりました。

当時はアントワープ6とかが出てきた頃で、ヨーロッパのモードに勢いがありました。「なんでこんな服を作ったんだろう?」って考えるのが好きで、とにかくファッションを読み解くのが楽しい時代でした。表面に見えるものだけではなく、その背景にあるものを自分なりに考えていました。今思うと、その頃に無意識にやっていたことがすごくためになっていると思います。

営業の若林さん、パタンナーの戸田さんは文化の同級生ですよね。

クラスに男子が少ないので、友達にならざるをえなかったんです(笑)。でも一応もう1グループあったので、趣味とかで共感しあうものがあったのだと思います。一緒に居すぎて嫌になることもありますが、学生時代の友人がそのままビジネスパートナーになっていることは本当に恵まれていると思います。お互いに良いところも悪いところも全部分かっているし、何かあった時は本気で意見をぶつけ合うことができますから。

就職でギャルソンを選んだのは?

絶対にギャルソンに行くつもりで、それしか考えていませんでした。でも学生の時は受からなかったので、他の会社に1年いて、その間ずっと手紙を書いていました。そのしつこさと先に入っていた先輩の後押しが功を奏したのか、どうにか潜り込むができました。ギャルソンでは一貫してメンズのパタンナーをしていましたね。

川久保さんから学んだことは?

モノ作りの姿勢ですね。デザイン論とかではなくて、姿勢が学べた。アイロン掛けひとつにしろ、とにかく的確で徹底していました。一度製品のアイロン掛けが間違っていたことがあって、工場に送り返していては間に合わないので、倉庫にアイロンを運び込んで徹夜で掛け直したこともありました。僕はメンズブランド担当だったので、デザインのバリエーションは少ないけれど、その原型となる型紙に関しては完璧な物を求められました。だからひとつのアイテムを作るのに、トワルでワンラックが埋まるくらいやりましたね。当時は無我夢中でしたが、今思うとそれが糧となっている気がします。

パターン会社で資金を貯め、3年後にブランドをスタート

【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真

そして、満を持して独立します。

29歳で独立する目標は社会に出る前から掲げていたんです。手に職はあったので、それで稼げると思っていました。当初はパターン中心でしたが、「デザインをしてよ」「作ってよ」という話がどんどん舞い込んできて手を広げていきました。ただ、生産会社をずっとやるつもりはなくて、あくまでブランドを立ち上げるための資金を確保するのが目的でした。

それで、3年後の2007年にブランドをスタートさせます。

最初の2年くらいは大変でした。まだ外注もやっていましたし。「やっていけるかな…」と手応えをつかめたのは、キッズのライダースがヒットした時ですね。経営面では、周りに良い先輩がいて、要所要所で良いアドバイスをもらえました。

キッズパターンが生まれたきっかけは?

子供の服って、サイズがすぐに小さくなってしまいますよね。でも、子供も大人も着ることができれば、二人で一緒に楽しむことができる。10年後には子供が大人になって違うサイズ感でもう一度楽しむこともできるかもしれません。当初はそれほど武器になるとは思いませんでしたが、今思えばパタンナー出身という背景が形になった「自分たちがやるべきこと」だったんだと思います。先日も、パリのメルシーのバイヤーが、伊勢丹新宿の売場で僕らのキッズサイズを見て、その面白さを賞賛してくれました。アイデアに国境はないと感じましたね。

ということは、海外にも目が向いてきている?

メルシーはこれからですが、ちょっと海外も意識しはじめています。海外での展開はアジアを中心に6店舗で、国内売上高の1/10もいっていませんが、パリとかでやってみたいような気持ちも芽生えてきています。ショーだとまた「普通じゃん」とか言われそうなので、展示会からだと思いますが……。

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左) ビューティフル ピープル 2014年プレコレクション
中央) ビューティフル ピープル 2013年秋冬コレクション
右) ビューティフル ピープル 2013年春夏コレクション

富士山に例えると、今はまだ樹海。
将来はラルフローレンを目指す。

経営面の話をお聞きしたいと思います。

今は青山と伊勢丹新宿店の2店の直営店と卸先が90件あります。直営店の出店はしばらく予定していなくて、まずは2店舗をしっかり運営していきたいですね。日本での卸先をこれ以上増やすのは難しいかもしれませんが、既存取引先の奥行きを増やしていくことは可能だと思います。また、クオリティの向上を常に追求しているので、価格が当初より上がってしまい、それで取り扱いを止めてしまったお店もたくさんあります。例えば、トレンチコートはブランド設立当初と比べると価格が倍になっているんです。今はライン分けとかは考えていませんが、いずれは必要になってくるかもしれませんね。

今の課題を挙げると何でしょう?

メンズのビジネス拡大ですね。うちの場合は、レディースで作った素材やパターンをメンズに落とし込む流れなので、メンズは細い人しか着られないという課題があります。今は素材の良さを分かる大人の方に着ていただけるように試行錯誤している最中です。

逆にビューティフルピープルの強みはどこにあると思いますか?

スタッフに尽きますね。チームでモノ作っているので、周りが日々成長してきているのを感じます。今は作りたいものが思い通りに作れる環境が出来てきたので、モノ作りのストレスがなくなり、より夢が膨らむ状態になっています。ロットの問題もないし工場も日本有数のところが使えるようになっている。日本一のジャケットを目指してやっていますが、それを目指せる環境が整ってきています。

【インタビュー】ビューティフルピープル 熊切秀典「妄想が妄想じゃなくなってきているから、今が楽しい」 | 写真

日々のライフスタイルはどんな感じなんですか?

休みとかもほとんどなくて、毎日仕事をしています。でも本を読む時間は大切にしている。今は統計学に今ハマっていて、金融の本も読んでいますね。社員の数も19人まで増えて、経営者としての責任が増してきているので、2年くらい前から経営のことをすごく意識しています。もはやビッグダディですよ(笑)。コレクション前はほっぽらかしになっちゃいますが、家族も社員も幸せにする義務があると思うので。

でも、熊切さん自身は無欲なかんじですよね。

あまり儲けようとは思っていないんです。物欲も一切ないですし、やりたいことやれる環境があればそれだけでいい。デザイナーとして物欲があったほうがいいかなと思うこともありますが、服は自分のサイズで納得いくものが1ラックあれば十分です。着のみ着のままなので、ファブリーズには詳しいですよ(笑)。

最近、若い子たちのファッション離れが良く言われますが、どのように感じていますか?

文化の講演とかでよく話すのですが、自分が学生だった1990年代は服に対する熱気がありました。今はそれ以上に楽しいことがいっぱい出てきたのかな。ただ、エネルギーの量が減っているとは思っていなくて、分散しているだけだと思います。でも、文化の学生に話す時は「ファッションを仕事にするなら一生懸命やろうよ」と言っています。若い子の無関心に心配がないかというと嘘になりますが、現場ではちゃんと高いモノが受けいれられている手応えもあります。

最後に、今は富士山に例えると何合目まで来ていますか?

まだ富士山に入っていないですね。樹海ぐらいかな。目標は大きくて、社内では「ラルフローレン」を目指すと宣言しています。ブランドとしてライフスタイルを網羅する総合的な存在まで持っていきたい。リアリティはまだありませんが、周りを豊かにしていくのがブランドのひとつの使命なので……。それが物質的なことなのか精神的なことなのか分かりませんけれど、とにかく自分も周囲も楽しいのが全ての基本にあります。

今は樹海とおっしゃいましたが、学生時代の夢は全て叶えているように見えます。ギャルソンにも入れたし、ブランドも作れて順調だし、2010秋冬では村上春樹の小説をテーマにしたコレクションも作ったし、変わらず音楽活動もしていますし。思春期の妄想が全て形になっていますね。

それほど妄想していたわけではありませんが、確かにそうですね。妄想が妄想じゃなくなってきているから今が楽しいんでしょうね。10年後にラルフローレンが妄想じゃなくなるように頑張ります(笑)。

デザイナープロフィール

ビューティフルピープル(beautiful people)デザイナー熊切秀典。神奈川県厚木市出身。1996年文化服装学院アパレル技術科を卒業。 「コム デ ギャルソン オム」のパタンナーを経て、2004年に独立。外注でパターンを請け負う有限会社エンターテイメントを立ち上げる。2007年春夏からオリジナルブランド 「ビューティフルピープル」をスタート。趣味は仕事とサウナ。

 

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プロフィール

増田海治郎 - ファッションジャーナリスト/クリエイティブディレクター
雑誌編集者、繊維業界紙記者を経て、フリーランスのファッションジャーナリスト、クリエイティブディレクターとして独立。FASHION PRESS、ACROSS、GQ JAPAN、Safariなどで執筆している。

 

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