ミューラル(MURRAL)の2022年秋冬コレクションが発表された。
たとえば一篇の詩が、その響きにおいて繊細でありながらも確固たる強度を持つのは、自然や感情といった移ろうものを、言葉という本質的に反復的な仕方で捉えるからでもあるだろう。散りゆく桜、あるいは色づく紅葉の儚さを、言葉でもって愛でるのが和歌ではなかったか。だから「グラデーション(GRADATION)」──今季のミューラルのテーマにほかならない──とは、繊細であるばかりでなく、同時にドラマティックでもあるはずだ。
繊細さとドラマティックさの相剋──それを、ミューラルを象徴するオリジナルの刺繍レースに見てとれる。今季は、2つの花、「願い事」を花言葉にもつペンタスと、「小さな愛」を花言葉とするセントポーリアをモチーフに、小さい花から華やかな花へと、降り注ぐように階調を織りなすデザインを作りあげた。繊細であり、大胆でもある花のドラマを引き立てるよう、総刺繍レースで仕上げたドレスやブラウス、スカートを用意する。
刺繍レースが、移ろいを素材の平面の裡に繰り広げるものであるならば、移ろいを厚みにこそ込めるのが、収縮刺繍のロングコートやブルゾン、ワンピースだといえる。雪解けの景色を表現したその素材は、熱によって収縮する生地に刺繍を施し、熱を加えることで、凹凸のある表情を生みだしたものであり、その立体的な質感に製造過程が反映されている。そしてここでミリタリー調のブルゾンが現れるのは、今季の着想源にSF映画の『ロスト・エモーション』があったからだ。
近未来を舞台に、滅亡の危機に瀕した人類を描いたこの『ロスト・エモーション』によって、コレクションの色彩は規定されているといえる。感情こそ人類破滅の元凶とされるなか、互いに惹かれあうようになる男女のドラマと呼応するようにして、色彩は穏やかなグリーンから激しいオレンジへ。とりわけそれは、感情の移ろいを色彩のグラデーションで直接に表現したかのようなシャツワンピースやニット、ブラックワンピースに降り注ぐようなフリンジに見てとれる。
ところで、静寂と激情をその裡に秘めている極めつきの対象が、水面にほかならない。水面に自身の姿を映すナルシスは、ニンフのかすかな息吹も、水に舞い落ちる羽根のふるえをもふかく恐れる。しかし水鏡に映じた似姿に口づけを施せば、その途端、イマージュはたちどころに崩れ去る..。そうしたドラマすらその静けさの裡に孕んだ水面の諸相は、モヘアの起毛糸やモール糸、ウール糸など、複数の糸を組み合わせて編みあげたニットのドレスやプルオーバー、あるいは水面にさあっと立つさざなみの光景を立体的な質感で表現したタートルネックニットなどで表現されている。