ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)の2025年春夏コレクションが発表された。
花について考えてみて、薔薇ほど多くの象徴性を担っている例は、あまり思いつかない。試みにごく幾つかの例を挙げるのならば、ギリシア神話では、薔薇はその美しさから美の女神ヴィーナスに結びつけられた。一方、キリスト教では、棘のない薔薇が聖母マリアの象徴となるばかりでなく、花の赤い色ゆえにキリストの血と結びつき、殉教の象徴となっている。さらにその形態から、薔薇の花は宇宙の完全さを表す円環の象徴にも重ねられた。
快楽や信仰と関連付けられたこれらの諸相に対して、薔薇はまた、卑金属から貴金属を精錬しようとする錬金術とも結びつけられた。円環の象徴である薔薇は、錬金術的な作業の完成とも関連付けられたようだ。このように薔薇という花は、象徴の世界でさまざまに花を咲かせてきたといえる。花の優美な造形ばかりでなく、種を宿すという生産の力が、その豊穣な象徴性の背景にはあったかもしれない。
こう見ると、薔薇の多義性は、複雑な二項対立の網目を織りなしている。それは、キリスト教と異教であり、信仰と快楽であり、あるいは伝統と秘儀であり──ここで薔薇の想像力について話を広げたのは、「DARK ROSE」と題された今季のノワール ケイ ニノミヤが、薔薇の多義性に身を浸し、いわばその明るみと暗がりの両面に目を向けているように思えるからであった。
薔薇の両義性は、たとえば、クラシカルとアヴァンギャルドのせめぎ合う緊張感に見てとることができよう。クラシカルなテーラードジャケットを用いつつ、その丈感は大胆なショート丈。時に幾つものサスペンダーが、セパレートしたファブリックを宙吊りにする。あるいは、ドレスやジャケットには、身体を締めつけるようにしてベルトを重ね、フェティシズムの雰囲気を高めている。
愛とも、血とも結びつく薔薇の赤色は、無彩色である黒と白と並んで、コレクションを構成する主要なカラーのひとつとなっている。フリルやギャザーが華やぐドレスはもちろん、チュールが幾重にも重なるベスト、艶やかなライダースジャケットなどに、その例を見出せよう。また、薔薇の官能的な側面は、パフスリーブドレスなどの装飾、トップスやドレスの構成要素へと反映されているといえる。
そして、薔薇の花が象徴する旺盛な生命力は、執拗にパーツを反復することで織りなされる造形に反映されていよう。ベルトを連ねることで構成したジャケットは、ファブリックではなくパーツから衣服を編みだす、簡潔な例だ。その極北が、蕾や萼、花弁を彷彿とさせるパーツを重ねに重ね、時に身体をデフォルメしたフォルムを紡ぎだしたドレスやベストである。何より、メタリックにきらめく花々のモチーフが織りなすドレスにこそ、錬金術的とも言うべき、薔薇の想像力が仮託されているように思われてならない。