サンローランやジル・サンダー、sacaiといったラグジュアリーメゾンが、大きな信頼を寄せるテキスタイルメーカーが、北陸・福井にある。かつて絹の生産地として栄えたこの町は、時代の移り変わりとともに、レーヨン・ナイロン・ポリエステルといった化学繊維へと手を広げていった。ファッションウェアの製造拠点が海外へ移りゆくなか、この地にとどまり、日本人の手によって合繊織物の文化を受け継いでいる企業がある、それが第一織物 株式会社だ。
現在はファッションテキスタイルでその名を知られるが、設立当初はスポーツ用資材工場であった。ナイロンを使用したヨットの帆(スピネーカー)や、ポリエステル使用のウィンドサーフィン用セール(帆)が主力商品であったが、マリンスポーツやスカイスポーツの流行はバブルの崩壊とともに姿を消し、それに伴い資材の需要も低下。スポーツ衣料へ転換するも反応は芳しくなく、苦しい状況が続いた。
大きな転機を迎えたのは1996年。現在も第一織物を支えるポリエステル素材「DICROS(ディクロス)」の誕生だ。これまで通りの高品質を維持し、加工により耐久性のあるはっ水を実現。加えて、型崩れのしにくさとキメ細かい肌のような美しさというファッション性を兼ね備えた「DICROS(ディクロス)」は、瞬く間に人気商品となった。
その後も、高級感のある染色を可能にした「SOLO(ソロ)」、コットンのような肌触りの「MAURI(マウリ)」など次々とヒット商品を生み、第一織物は世界が注目するテキスタイルメーカーへと発展。素材の性質上困難とされた、高発色と柔らかな肌触りを可能にし、従来存在しなかった色鮮やかなダウンジャケットや、ケミカルな光沢感を排除したナイロンアウターD.N.A.(ディーエヌエー)などを世に送り出す手助けをしてきた。
この型破りな成長を遂げた、第一織物に惚れ込んだのが、ダウンジャケットで有名なモンクレール(MONCLER) だ。軽量で温かく保温性に優れるダウンジャケットは、安価なものから高価なものまで幅広い価格帯のものが世に出ているが、モンクレールの製品が他社と一線を画すのはそのクオリティ。それを提示する一つの要素が、ダウンフェザー(羽毛)が中から出てきてしまういわゆる“ダウン抜け”をしないことだ。
そして、多くの資材工場の中から、彼らが第一織物を選んだ理由もここにある。織物というのは、たてに伸びた“経糸”とよこに伸ばした“緯糸”を編むことによって生まれるのだが、第一織物が提供するのは、通常よりも経糸 / 緯糸を密集させて織り込んだ「高密度織物」。糸と糸の隙間が狭く、目がつまっている状態のため、結果として内側のダウンフェザーを逃さないのだ。
「高密度織物」の制作工程は、大きくわけると3つ。経糸の準備段階である「整経」、経糸と緯糸をあわせて布をつくる「製織」、生地に色をのせたり加工を加える「染加工」の3段階。どのくらいの糸を使用し、どんな糸とかけ合わせるかなどを表記した“織物の設計図”をもとに進行する。
STEP.1「整経」
小分けにされた原糸を、次の工程で使用する機械“織機”にあわせた形(ビームと呼ばれる巨大なロール状のもの)に整える。
この工程のポイントとなるのは、糸の表面に糊剤を付ける「サイジング(糊付け)」と呼ばれる作業。専用機械に糸を通したら、糊剤をまんべんなく付着させ、高速で一気に乾燥させる。これを経ることで、毛羽立ちや糸切れを防ぎ、織りやすい状態に。糊が多いほど扱いやすくなるのだが、一方で、出来上がりの風合いが損なわれるというデメリットも。第一織物は極限まで糊を減らし、柔らかな織物を作り上げている。
STEP.2「製織」
「ウオータージェットルーム」という織機を使い、織り上げる。
波状の屈曲を描いたクリンプと呼ばれる形を保ちながら、経糸と緯糸を等間隔でくさびのように絡ませていく。1時間で出来るのはわずか2メートル。張力をかけて織るともっと高速で織ることが可能だが、出来上がりには大きな差が。糸の柔らかさが仇となり、紙のように薄っぺらな織物になってしまう。
顕微鏡で拡大してみるとわかるが、第一織物のものは、糸と糸の間の隙間が、一番難しいとされるきれいな正方形をしている。織物の性質上、経糸はすんなりと言うことをきいても、緯糸は曲がってしまい、まったく同じ材料・内容を用いたところで、なかなかこの理想形には近づけないという。糸や織り方へのこだわりが、仕立て映えのするテキスタイルへと導く。
STEP.3「染加工」
染色や樹脂加工などの工程をふみ、実際に洋服に使用されるテキスタイルを完成させる。
生地の性格を決めるには、糸の種類、織柄、密度などいくつもの要素があるが、この加工工程はとても重要。「高密度織物」は毛細管構造になっているため、本来水を吸い込む性質がある。加工を加えることで初めて、防水 / はっ水といった機能を備えることができるのだ。
代表の吉岡隆治は、他社との違いを以下のように例える。「同じように時速100キロで走るとしても、アクセルを踏みこんで軽トラックで頑張って出す時速100キロと、レーシングカーがサーキットを走る時速100キロでは大きく異なる」と。レーシングカーとなる最新技術を搭載した織機、サーキットとなる資本をかけた土壌(=工場)、そしてレースの勝敗を握るレーサーである職人たち。すべてが重なることで、海外ブランドから“欠点がない”と呼ばれる唯一無二のテキスタイルが生まれる。
「メイドインジャパンの良さは、管理力にある。」
第一織物に注目しているのは、テキスタイルを使用するファッションブランドだけでない。中国や東南アジアを中心とした多くのファクトリーが、追い越せ追い抜けと関心を寄せている。しかし吉岡は、“密度”競争や価格競争には全く興味がないと話す。
メイドインジャパンの良さを尋ねると、管理力だと教えてくれた。ここまで品質管理されているものは、世界中を探しても日本だけでないかと。「欠点のないことも一つのブランド。そしてわれわれが常に目指すのは“やっぱり第一だ”と言われるもの。」、それがアイデンティティだと。」