ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)の2023年春夏コレクションが発表された。
身体のフォルムから離れて肥大したシルエット、足取りに合わせて穏やかに揺らめく装飾、それでもなお露わにされる素肌──「MYSTIC FORCE」と題されたこのコレクションをこう大雑把に要約してみたとき、なおもそこには〈自己〉との、その生身の身体との緊張関係があることに気付かされる。なぜそこに緊張が生じるかというと、たとえば起点となるはずの〈自己〉すら、独力ではその全貌を捉えることの叶わない、底なしの不確かさを孕んでいるからだ。
曖昧でやまない〈自己〉にかりそめの形を与えるのがテーラリングであり、それはたとえば、グレンチェックのショート丈ジャケットや、フロントを大きくあわらにしたジャケットなどに見ることができる。
しかし、ソリッドな性格を持つはずのテーラリングですら、確かな輪郭を脅かされる。表面には、花開くようにしてフリルが蝟集する。スリットを入れたスリーブやバックは、ストラップを交えることで辛うじて繫ぎ留める。下部は螺旋を描くようにして広がり、立体的なドレスに移り変わる。あるいはシアーな素材に切り替えたその下には、たっぷりとフリルを寄せたブラウスが顔を覗かせる。
〈自己〉のイメージが、このように蠢いては輪郭を脅かしてやまないからこそ、たとえばテーラリングが本質的に持つソリッドな性格を要請するのだし、あるいはストラップという要素によって身体を括りあげることになる。ベストやスカートのように重ねたハーネス、素肌を逆説的に露わにしてやまない装飾的な網目状・ハーネス状のウェアは、その例だといえる。そしてストラップで身体を括るというベクトルはまた、ハンター(HUNTER)とのコラボレーションによるブーツにも反映されている。
すると、チューブを束ねたように蝟集させたドレスや、不定形なフォルムを生みだすフリルのベストなどは、いわば〈自己〉が持つ不確かさが沸き立つようにして発露したようにすら思える。ならば、ハーネスウェアに揺れるループ状のパーツ、あるいはほとんど透明なドレスの周りを浮遊するかのようなファー状の素材は、この曖昧さを純化させたかたちで繊細に具現化したものではなかろうか。
「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/(あらゆる透明な幽霊の複合体)/風景やみんなといつしよに/せはしくせはしく明滅しながら/いかにもたしかにともりつづける/因果交流電燈の/ひとつの青い照明です/(ひかりはたもち その電燈は失はれ)」(宮沢賢治『春と修羅』より)──決して確かな実体を持つのではなく、交流電灯のように明滅する〈自己〉という現象。今季のノワール ケイ ニノミヤを、この〈自己〉に働く不可思議な力の場を繊細に感受する検出器と喩えてもよかったのかもしれない。