キディル(KIDILL)の2025年秋冬コレクションが、2025年1月21日(火)、フランスのパリにて発表された。
1990年代後半から2000年代初頭にかけての東京、原宿。キディルのデザイナー・末安弘明が浸ったという当時の原宿には、既成の服を改造し、古着を再解釈するなど、既存の価値観に抗って各々の個性を色濃く表す、若者の姿があった。抵抗と個性を打ち出すその姿勢は、キディルに底流するパンクの精神と呼応するものでもある。
それは、一言で言えばアナキズムの姿勢にほかならない。アナキズムとは、いわば均一化への抵抗である。つまり、それぞれに異なるはずの個性、自己の外側に広がる未知の領域を取りこみ、交換可能な要素へと制度化すること。そうであるのならば、「フォーマル・アナキスト(FORMAL ANARCHIST)」をテーマとした今季のキディルは、2000年前後の原宿を浸していた雰囲気にアナキズムを読み取り、それを今という視点から捉え直すことを試みる。
1990年代後半から2000年代初頭にかけての「アナキズム」に目を向けるとき、テーマにある「フォーマル」が、現代という視点を設定していることになる。一見すると、「フォーマル」のオーセンティシティとは、形式性に抗う「アナキズム」やパンクとは相反するものだろう。しかし、デザイナーの末安はそこに、パンクという過去の表現に、襟を正して向き合わなければならないという、ある種の真摯さを込めているようだ。
この、アナキズムに対してオーセンティシティを組み合わせるニュアンスについては後述するとして、まずはコレクション自体に目を向けるのならば、パンクのアグレッシヴさは全体に鳴り響きつつ、そこには文字通り「襟を正す」端正さの要素を認めることができる。タータンチェックのファブリックで仕立てたテーラードジャケットはその一例であるし、オーバーサイズのドレスシャツも、オーセンティシティのベクトルにのせられるだろう。
むろん、相異なる要素が激しく対峙する、パンク的とも形容できるデザインは、コレクション全体に見ることができる。ボンバージャケットには、トラディショナルなタータンチェックをミックス。ジャンプスーツは、ボトムス部分をデニムに切り替え。アノラックには、メタリックなきらめきを帯びたカモフラージュ柄をのせて。あるいはコレクション全体にわたって、多彩なグラフィックのプリントを自在に散りばめている。
さて、原宿とパンクという主題を色濃く反映する例のひとつが、原宿のセレクトショップ「アストアロボット(A STORE ROBOT)」とのコラボレーションだといえる。ロンドンのファッション・カルチャーを東京に伝えるため、1982年に誕生した同ショップは、1970年代のパンクムーブメントを象徴する「セディショナリーズ」の復刻権を擁しており、パンクの精神を今なお伝えている。コラボレーションでは、このグラフィックを随所にプリントとして採用した。
アストアロボットに見るように、パンク=アナキズムという抵抗の姿勢は今に伝えられ、ある種「抵抗のオーセンティシティ」を獲得しているといえる。ここに、一見すると相反するアナキズムとオーセンティシティの絶妙な関係を見てとれる。キディルの末安はアナキズムに、「未来を少しでも良くしたい」という希望を捉えている。それならばキディルのファッションとは、現代という時代にあって、均質性に回収されず個に留まること、そのパンクの精神を「生きたもの」として受け継ぐこと──もっと言えば、その時々でパンクを生き直すこと──に、アナキズムのオーセンティシティを示しているといえるだろう。