通常、建築は「固い」ものだ。さもなくば時に猛威を振るう自然に“対抗”できないだろう。しかし、日本の伝統的な建築では、水で溶いた土を塗って壁を作るように、「やわらかい」素材を使用することもできる。
その一例が《高輪ゲートウェイ駅》だ。ここでは駅全体を覆う屋根に幕を使用することで、駅構内に自然光を満たした。また、幕を支える構造を斜めに組み合わせることで、屋根を山や丘陵をイメージさせるものとしている。このように隈は、建物を自然に屹立するものでなく、人に優しい環境的なものへと近づけているのだ。
いわば鉄筋コンクリートを直角に組み合わせて構成される近代建築に見るように、水平・垂直の秩序は効率的なシステムへの従属をほのめかす。ならば建物の屋根を「斜め」にするとは、隈にとってそうした合理性のシステム以前の大地へと回帰することを意味する。
隈は、こうした「斜め」を建築の随所に取り入れる。屋根ばかりでなく、トルコの《オドゥンパザル近代美術館》のように同一寸法の木材をずらしつつ積み上げて流動的な空間を構築したり、《東京工業大学 Hisao & Hiroko Taki Plaza》では屋根を階段状にして地面とつなげることで、建物が周囲へとなめらかに溶け込むようにしている。
レザーのバッグであったりジャケットであったり、これらは長く使うほど人の手にしっくりくるようになる。隈の方法論における「時間」とは、このようにいわば経年変化を経て人に馴染むといったもの。時計がチクタクと一定のリズムで刻む「合理的」な時間でなく、人それぞれに伸び縮みする「人間的」な時間である。
したがって隈は、古くなった建物のリノベーションにおいても、まったく新しくすることはせずに時間の痕跡を残す。《下北沢 てっちゃん》は、木造家屋を焼鳥屋にリノベーションした例だ。既成のアルミサッシをリサイクルして壁外に使用するとともに、既存の骨組みをむき出しにした上に、古いスキー板やスノーボードで階段やカウンターを作るなど、古くて小さいものを「粒子」として採用している。このように隈の「公共」建築には、何も新築の庁舎といった巨大建築だけでなく、リノベーションによるこぢんまりとした建築の可能性もあるのだ。
本展では、隈建築をその造形性だけでなく、どのように使われているか、そしていかに街と関係を取り結んでいるかという観点からも、新作映像を通して紹介。
高知県西部の山間にある梼原町には、初期の《雲の上のホテル》から《梼原町総合庁舎》といった最近作まで、6件の隈建築が存在する。会場では、写真家・映像作家である瀧本幹也によるリアル4Kの映像インスタレーションとして紹介。日本の伝統的建築に触発された建築を、坂本龍一の音楽とともに臨場感あふれる映像で体感できる。
さらに、隈ならではの“都市・東京の未来”を提案するプロジェクト《東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則》も発表。これは、日本を代表する建築家・丹下健三が1961年に発表した《東京計画1960》への応答である。《東京計画1960》では、都心から東京湾を超えて木更津へと伸びる海上都市をつくることが構想されており、その発想はさることながら、模型を俯瞰して撮影した写真とともに、建築家による未来の都市像への大胆な提案として知られている。
しかし現代にあっては、高度成長期の丹下のごとく都市を俯瞰するのではなく、地面を起点に見るべきではなかろうか──そこで隈が着目したのが“ネコ”であった。そういうわけで、《東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則》の「2020」は「ニャンニャン」と、「5656」は「ゴロゴロ」と読むらしい。