ミューラル(MURRAL)の2023年春夏コレクションが、2022年9月12日(月)、東京・池袋の自由学園明日館にて発表された。
日常に潜む機微、移ろい、あるいは優雅さを、透きとおった眼差しで見つめ、それらをすくい上げる──ここ数シーズンのミューラルには、そういった繊細な身振りが通底しているように思う。この繊細さは、けれども分厚いヴェールを介しては、たぶんありえない。ひとひらごとにヴェールを脱ぎ去って現れる自分──今季のテーマ「ヌード(NUDE)」とは、その繊細さの核とでもいうべき優しき鋭敏さ、ややもすればひりひりと痛む、等身大の自分の表現であり、単にエロティックなイメージとは異なっているといえる。
ヴェールを脱ぎ去った「等身大」の自分を志向した背景には、デザイナーの村松祐輔と関口愛弓の内省があったという。たとえば華やかなドレスのように、ふたりが得意としてきたのは、1着のドレスに要素やディテールを重ねに重ねる服作りであった。今季のミューラルが試みたのは、いわばそうした重さを削ぎ落とした、飾ることのない等身大の自分を示すことだった。
この「等身大」こそ、今季のミューラル全体に響きわたる言葉だ。そのために、村松と関口は自身を形成してきたものへと眼差しを向ける。朧げな記憶であるというより、それらを今の自分たちの視点から表現すること。だから、ミューラルを象徴するオリジナルの刺繍レースは、関口が幼少期より慣れ親しんできた家の庭に咲き乱れる、ささやかな花々をモチーフに。フランネルフラワー、ポピー、そしてカスミソウ──日常に溶け込んでいた花の姿を刺繍レースにのせ、総刺繍レースのAラインドレスやキャミソールワンピースなどに落とし込んだ。
等身大であるためのキーワードが、「DAVID LYNCH」と「ORE」、「JELLYFISH」の3つであり、これらが素材やシルエット、ディテール、あるいはカラーパレットへと繊細に込められてゆく。透明で幻想的な「JELLYFISH」、すなわちクラゲは、「ヌード」という言葉から村松と関口がともに連想するモチーフであったという。舞うようにして水の中を漂うクラゲの姿は、ギャザーを寄せたティアードドレスやスカートの幻想的なシルエットと柔らかな躍動感に反映されている。シアーな素材感もまた、澄んだクラゲのイメージを喚起してやまない。
自然のなかにまばゆくきらめく鉱物──幼少期より「小さくてきらきらしたもの」を好んできた関口にとって、「ORE」つまり鉱石は特権的な対象であった。鉱石が見せる多彩な表情は、素材のカラーやテクスチャー、刺繍やプリントのモチーフなどで幅広く表現されており、たとえばコレクションを包むグリーンとライトブルーは、翡翠とアクアマリンの鮮やかな色彩を映しだしたもの。光沢感を帯びた素材には、鉱石の断片をプリント。収縮刺繍やジャカードには鉱物をモチーフとして取り入れるとともに、ラメ糸によって鉱物のきらめきを留めおく。
そして、青年期の村松がカルチャーの世界に足を踏み入れる契機となったのが、デイヴィッド・リンチであった。なかでも今季に着想源となったのが、ヌード写真集のNUDES。光と影が交錯しつつ見せる、身体の歪な姿、あるいは翳りを帯びた色調のなかに突如現れる、ネイルの鮮やかなレッドカラー──そうしたどこか異質さを帯びた歪みを、ミューラルらしい繊細なペールトーンのなかに不意に現れる、深紅の鮮やかな色彩などに落とし込んだ。