映画『蜜蜂と遠雷』が、2019年10月4日(金)に全国公開される。原作となる小説『蜜蜂と遠雷』を手がけた作家・恩田陸にインタビュー。
国際ピアノコンクールを舞台に、亜夜、明石、マサル、塵(じん)という世界を目指す若き4人のピアニストたちの挑戦、才能、運命、そして成長を描いた『蜜蜂と遠雷』。原作小説は、史上初の快挙となる直木賞(第156回)、本屋大賞(2017年)の"W受賞"を果たした話題作だ。
執筆にあたり、著者の恩田陸自ら、実際の国際ピアノコンクールに足を運んで取材。各演奏者の演奏プログラムをはじめ、オリジナルの課題曲、各演奏者による即興演奏など、臨場感溢れる国際ピアノコンクールの世界を描き出した。また、それと同時に、細やかなコンテスタント(※)の心情表現もまた、物語の魅力となっている。
※コンテスタント……コンクールに参加している人のこと。
今回のインタビューでは、「国際ピアノコンクール」という独特な世界を描くにあたり、どのような思いで物語を紡いでいったのか、また、「国際ピアノコンクール」に対してどのような思い入れがあるのかを明らかにする。さらに、文学賞とピアノコンクールの共通点から、作家としての軸や自らの読書観まで、幅広く話を聞いた。
コンクールの勝敗はどのようにして決めたのですか。
勝敗はずっと決まらなくて。本選を書いても誰が優勝するか決まっていませんでした。実は、最初連載が終わった時点では結果を載せていなかったんですよ。まあ、決められなかったから書かなかったというのもありますが(笑)。
最終的に載せるかどうかは迷ったのですが、やはり「それはまずい、知りたい人もいるよね」と思って入れてみました。
そういえば、コンクール=勝負の世界というイメージがつきものですが、『蜜蜂と遠雷』ではあまり劇的な対立の描写がありませんでしたね。
今回は、純粋に音楽についてだけ書きたかったのです。それこそ、どろどろの人生経験の中で大変苦労した、とか人を蹴落とす、みたいなことはやりたくなかった。だから、今回はカミソリも何もなし(笑)!
監督からは、「善人しか出てこないから困る、ドラマが作れない」と言われてしまいましたが。
恩田さんご自身では、コンクールをどういうものだととらえているのでしょうか。
ドラマチックで、見世物としては最高に面白い。厳しい世界だし、芸術に優劣をつけるなんて無粋だという意見ももっともだとは思いますが、そういった部分があるからこそ逆に面白いのだと思います。私、コンクールを見るのが好きなんです。コンクールとかオーディションを題材にした作品も然りですね。
具体的にはコンクールのどういうところが面白いと思いますか。
たとえば、演奏の順番1つにしても「この人の後ろにきたばっかりにひどい結果に……!」みたいなこともあれば、「この人が前にやってくれたから自分が良く聴こえた」みたいなこともある。あとは、奨励賞を受賞したコンテスタントが評価に対してとても不満そうだったとか、色々見ていると本当に劇的で面白いです。
表現を競い合うという点では、文学賞とコンクールは近いものがあるのではないかと思います。数々の文学賞を受賞されている恩田さんですが、コンテスタントに共感することはありますか。
どちらかというと、審査委員側の気持ちに感情移入していたような気がします。私も今新人賞の選考委員をやっているので……。選ぶ方もとても難しいんですよ。人を選ぶことで、自分の力量とか、見方がさらされる部分があって。審査員が逆に審査されているようなところはあると思います。
新人賞の選考をする中で選ぶ基準やスター性を感じる要素は何かあるのでしょうか?
新人はやはり、将来性の一言じゃないですかね。応募者の中には、伸び切ってしまって、もうここが最高点なのではないか、という人もいるわけです。その時はすごく良くても「この先どうかな」という。そういう人を選ぶんだったら、伸びしろのありそうな人を選びます。
あと、好き嫌いが分かれる人の方が割と将来残っていったりするんですよね。みんなが推すというよりは、誰か1人が強く推す人とか。そういう個性的な人の方が、後で伸びたりするのです。
“元天才少女”の亜夜をはじめ、圧倒的な才能を持つキャラクターの描写が印象的です。
やはり、「天才」といってもモンスターにはしないようにしようという風には思っていたので、身近で人間的なキャラクターを意識して書きました。
あと、才能の形も本当にいろいろあって、見るからに「天才」な人と、伸びしろのある「天才」、補完する形での「天才」もいる。色々な才能を書きたいなと思っていました。それこそ、演奏者だけではなく、とても耳が良くて演奏者の才能を見出すことのできる「天才」もいるわけで……。それは実際にコンクールの演奏を聴いていても思ったことですね。
「天才」ならではの孤独感も作中に描かれています。恩田さんも第一線で活躍していく中で孤独感を感じることもあるのでしょうか。
孤独感はすごく感じます。終わりがないといいますか、ゴールもなければ、いつまで続けられるかもわからない。そう意味では、もちろん孤独なんだけれども、でも逆に面白い……新鮮でもあります。
今まで書けたからって次も書けるわけではない、というのが仕事をしていく中で唯一私が得た信念なのですが(笑)。だからこそ面白いと言えないこともない、というのが正直なところでしょうか。
コンテスタント同士が相互に影響し合っていく姿も描かれていますが、恩田さんご自身も人から刺激を受けることはありますか。
そうですね。人が何か面白いものを書いたり作ったりしているのを見ると、私も頑張ろうと思います。
では、最近何かから刺激を受けたことはありますか。
最近だと、“宇治茶”さんという方が作った映画『バイオレンス・ボイジャー』が強烈でした……(笑)。手描きのアニメと言いますか、ものすごいローコストで3年ぐらいひたすら絵を描いてそれを撮っている映画で。
こういう超アナログなことをまだやっている人がいる、ということが面白かったですね。この異様なセンスと言いますか、何千枚絵を描く情熱に圧倒されましたし、「やろうと思えばいくらでも方法はあるんだ」と思いました。