映画『正体』が、2024年11月29日(金)より全国公開される。主演を務める横浜流星と共演の吉岡里帆にインタビューを実施した。
原作は、染井為人のミステリーサスペンス小説「正体」。映画では、殺人の罪で少年死刑囚となるも収監中に脱走を図った鏑木慶一を主人公に、彼の343日間にも及ぶ逃走劇を描き出す。日本各地を転々としながら身を潜める鏑木は、それぞれの地で沙耶香、和也、舞の3人と深い関わりを持つが、刑事の又貫が彼らを取り調べると、そこに浮かび上がるのはどれも印象の異なる鏑木の姿だった。鏑木慶一の正体とは?彼が脱走した真の目的とは……?
今回は、映画『正体』で主演を務める横浜流星と、共演する吉岡里帆にインタビューを実施。横浜は一家3人を惨殺したとされる主人公・鏑木慶一を、吉岡はそんな鏑木が東京に潜伏中に出会う沙耶香を演じる。
4年前から企画が始動していたそうですね。監督は横浜さんと「お互い脂がのった時期に作りたかった…」と思いを語っています。
横浜: 監督が言っていたお互い脂にのった時期。自分で言うのもなんだか恥ずかしいのですが…(笑)
でも、それはあるのかなと思います。
藤井監督と僕はamazarashi(アマザラシ)というアーティストが好きで、そこと絡めて逃避行する話を作ろうとしていたときに、僕たちが伝えたいメッセージと重なる『正体』に出会うことができました。
ずっとやりたかった内容ですが、本当に難しい役で、色々な役を経験してきたからこそ、今このタイミングで演じられるっていう感覚は間違いなくありましたね。藤井イズムを残しながら、エンターテイメント性の高い作品を作ろうという共通認識もありました。お互い一緒にいた時間があったからこそ、積み上げてきたものを集大成として出せたと思います。諦めずにワンカットワンカット命をかけて作りました。
藤井監督とタッグを組むことの特別さはありますか?
横浜:お互い何者でもない時期から一緒にやっているので、同志みたいな感じです。それでいてホーム。「帰ってきたー!」という安心感もあるし、絆みたいなものは揺るがないと思います。「また藤井×横浜の作品、もういいよ…」って言われようが、たぶん、これからも作っていきます。
そんなおふたりを吉岡さんはどう見ていましたか?
吉岡:もうすごい見せつけられちゃったって思うくらい仲が良くて。(笑)まるで夫婦のようでした。2人のタッグ感なら、こういう言い方をしていいのかな?
どのようなところでそう感じましたか?(笑)
吉岡:長く一緒に仕事をされているからこそ、お互いの魅力も弱さも1番知っていて、相手が苦しんでいる時がわかる。それでいて監督は、横浜さんのポテンシャルの高さを知っているので、諦めずにトライし続ける。周りが「今のカット良かったよね!」って思っていても「いや、流星はもっと行けるんです」という想いを常に感じました。そういう監督ともう出会っている横浜さんのことが羨ましかったです。これは自分の中では初めての感情でした。
おふたりの共演シーンで思い出があればお聞かせください。
吉岡:横浜さんの餃子づくりが意外にも上手じゃなかったことです。(笑)横浜さん、何でもできるのでギャップというか、なんだか人間味を感じました。
横浜:本当は料理得意な設定なんですけどね。(笑)
何かを背負ったような難しい役にチャレンジする時はどう思いますか?
横浜:高ければ高い壁の方が燃えるタイプです。
具体的にどんな状態になるのでしょうか?
横浜:自分自身は器用なタイプではないので、私生活でも作品や役について考えてしまう。スイッチのオン・オフが苦手なんです。ただ、ここ最近、それはダメだなと思い始めています。
『ヴィレッジ』の撮影時に、藤井監督から「流星、役に入りすぎるのは良くない。その状態になるとコミュニケーションが取れなくなってしまう」と言われました。多くの人と作品を作り上げているので当然のことです。
僕自身も分かってはいるのですが、今もまだ模索中です。主観性も、客観性も持たないといけないはずですが、それが持てているのか分かりません。『正体』では、入り込みすぎないように、そしてコミュニケーションをしっかり取れるように意識しました。そのスイッチのオン・オフがしっかり出来たかは分かりませんが、強く意識して挑みました。
吉岡さんはどうですか?上手く切り替えられるほうですか?
吉岡:いえ、私もその作品の役の事ばかり考えて頭がいっぱいになっちゃいます。横浜さんの気持ち、すごく分かります。
撮影期間中、その役についてだけ考える事が出来れば良いのですが、現実的には難しくて…。基本的に1つの映画の撮影以外に色々な企画が同じタイミングであり、それぞれ同時に進行しないといけないのですが、一緒に進めるのが結構苦手です。
横浜:難しいですよね。
吉岡:どうしていいか分からないですね。
のめり込みすぎても良くないと?
横浜:のめり込むこと自体は大切だと思います。演じる上で、その役の人物の様に生きることはとても大切なこと。それが正義だと以前は考えていました。ただ、それだけだとやっぱり見えない景色があると今は考えています。頭は冷静な状態にして、色々な視点を持たないといけないのかなと。
おそらく、役者以外の分野、たとえば空手や格闘技でも同じことが言えるのではないかと思います。
吉岡さんはそんな横浜さんの取り組み方を見ていて、素晴らしいなと思った点はありますか?
吉岡:山ほどありますよ。1時間くらい話せます。(笑)
横浜さんは、『正体』では5パターンぐらいの演じ分けが必要な難しい役でした。主人公の鏑木1人にかかる比重が重すぎて…。私たちは彼と出会う1人の人間でいればいいけれど、鏑木はいろんな葛藤を抱えながら、それでも人への優しさを忘れないという素晴らしい人物でした。そんな役を演じるときには、おそらくお芝居の経験だけだと無理だなと私は思っていて、演じる本人が人として成熟して、大事な部分を根っこに持っている人じゃないと説得力が生まれにくいと思います。
説得力ですか?
吉岡:はい。だって、私が演じた沙耶香は、家に上げた鏑木をそのまま住まわせてしまうんですよ。この状況は心から信じられるような相手じゃないと成立しません。横浜さんは、人として信じられる魅力があり、また、役者としてその演じ分けができるという絶妙なバランスを持っていました。
私は、横浜流星さんにこの作品で映画賞を取ってほしいと思っています。相当な努力をしてもそれをあまり周りに見せない方なので、努力の裏側みたいなものが色んなところに届いてほしい、彼がどのくらいすごいのかをもっと知ってほしいと共演者として思いました。
横浜:吉岡さんも沙耶香として存在してくれて、温かく包み込んでくれるような方でした。鏑木にとって、救いを差し伸べてくれる沙耶香はとても大きな存在です。これってあまりできないことだと思うんですけど、吉岡さんは本当に相手の目を見て話してくれるんですよね。
当たり前のことなのかもしれないけれど、そういう大切なことができる人って意外と少ないと思うんです。だから吉岡さんのそういった姿勢や醸し出す空気感に、鏑木だけでなく僕自身、何度も救われました。