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また、これとほぼ同時期に始まった『東京十二題』では、名所だけに目を向けず、自らの関心の赴くまま、四季折々の東京の風景を独自の視点で切り取っている。江戸時代の浮世絵における名所絵では、誰もが名勝として認め、繰り返し眺められてきた視点から捉えられた風景が、そこで享受される季節の風物などと結びつけられて描かれた。しかし巴水の風景画においては、いわばその土地と結びついた「物語」を持たず、一定の視座をもつひとりの人物の視点から捉えられた風景が展開されている。この意味で巴水の風景画表現は、江戸時代のそれとは異なる近代的なものだといえる。

名声の確立

川瀬巴水《池上市之倉(夕陽)》東京二十景 1928(昭和3)年 木版、紙 渡邊木版美術画舗
川瀬巴水《池上市之倉(夕陽)》東京二十景 1928(昭和3)年 木版、紙 渡邊木版美術画舗

巴水の創作活動が順調に進んでいた大正12年(1923)、関東大震災が発生、江戸の空気をなおも残す東京に甚大な被害を与えた。巴水の家は全焼し、多数の写生帖を含む画業の成果をことごとく失う。渡邊庄三郎も、それ以前に制作した版画はもちろん、収集してきた浮世絵や資料も失ったものの、ほどなく再建に取りかかり、巴水を鼓舞して次なる木版画制作のために旅へと送り出す。これは巴水の生涯最長の写生旅行となり、この際の写生帖をもとに、巴水は『旅みやげ第三集』などの新しい作品を次々に手がけてゆくこととなった。

川瀬巴水《馬込の月》東京二十景 1930(昭和5)年 木版、紙 渡邊木版美術画舗
川瀬巴水《馬込の月》東京二十景 1930(昭和5)年 木版、紙 渡邊木版美術画舗

震災後の巴水作品を代表するのが、全20図からなる『東京二十景』である。震災後、近代都市へと復興してゆく途上にある東京を捉えた作品から、昔から変わらない風景を描いたものまで、いずれの作品も人気を集めた。とりわけこの連作からは、朱色の寺院に白い雪、その中を和傘の女性が歩みゆく、江戸の風情に溢れた《芝増上寺》、そして月夜に松のシルエットが浮かび上がる《馬込の月》という2つの大人気作が生まれることになった。

震災後の作風は、大胆な構図に基づく震災以前のものと比べると、より写実性の緻密さを増した。また、色数はより多く、全体として明るく鮮やかな色調へと変化している。巴水は木版画として国内外で高い評価を得るようになり、昭和7年(1932)には鉄道省国際観光局による日本観光の海外向けポスター《The Miyajima Shrine in Snow》を制作するなど活躍を見せる。しかし、のちにマンネリズムなども指摘され、スランプに陥ることになる。

巴水の新境地、そして円熟

川瀬巴水《金剛山三仙巖》朝鮮八景 1939(昭和14)年8月 木版、紙 渡邊木版美術画舗[前期のみ出品]
川瀬巴水《金剛山三仙巖》朝鮮八景 1939(昭和14)年8月 木版、紙 渡邊木版美術画舗[前期のみ出品]

スランプの時期を迎えていた巴水は、昭和14年(1939)、仲間の画家に誘われて朝鮮旅行に出かける。巴水はそこで目にした広大な風景や風俗の新鮮さに強い印象を受け、これらの写生に基づいて連作『朝鮮八景』と『続朝鮮風景』を制作、新境地を開拓する。これらは震災後の作品に見られる詳細な描写に基づきつつも、震災前の大胆で広々とした構図の魅力を再現するものであり、この新しい作風は戦後作品へと引き継がれてゆくこととなる。

昭和16年(1941)に太平洋戦争が勃発すると、新版画の最大の輸出先であるアメリカとの関係が絶たれ、戦時統制により版画制作は困難に。しかし、終戦を迎えると、進駐軍が海外への土産として版画を求めたため、空前の新版画ブームが訪れる。戦前より人気の高かった巴水の版画も好評を博し、これを機に渡邊との共同作業を再開したのだった。

川瀬巴水《増上寺之雪》1953(昭和28)年 木版、紙 渡邊木版美術画舗
川瀬巴水《増上寺之雪》1953(昭和28)年 木版、紙 渡邊木版美術画舗

巴水の円熟を示す作例が、昭和28年(1953)に完成された《増上寺之雪》だ。同作は、文部省文化財保護委員会による木版画技術記録の対象に巴水が選ばれて制作された作品である。巴水が選んだ題材は、自身にとって馴染みの深い芝増上寺。通常よりも大きい特大判の画面には、細部までの緻密な描写、そして42度に及ぶ精密な摺りにより、重厚な印象がもたらされている。なお、この事業では伊東深水も選ばれ、美人画を担当している。

占領期における新版画の需要は一時的なものであり、やがて多くの外国人が帰国するに伴い、終息を迎える。そして、資材調達の困難さや画家・彫師・摺師の後継者不足、戦前に海外販路が断たれたことによる顧客市場の不足のため、新版画は徐々に衰退の道をたどる。巴水の《増上寺之雪》は、束の間の新版画ブームの後に制作されたものであり、これ自体もはや新版画も無形文化財として保存されなければならない状況にあったことを示しているといえよう。

新版画の黄昏

川瀬巴水《平泉金色堂》1957(昭和32)年 木版、紙 渡邊木版美術画舗
川瀬巴水《平泉金色堂》1957(昭和32)年 木版、紙 渡邊木版美術画舗

昭和32年(1957)、巴水は74歳で逝去する。絶筆の《平泉金色堂》は死後に完成され、百ヶ日の法要で友人知己に配られた。そしてその5年後の昭和37年、渡邊庄三郎もまたこの世を去り、新版画はひとつの時代を終えることとなったのだった。

川瀬巴水の回顧展、SOMPO美術館で開催

東京のSOMPO美術館では、川瀬巴水の回顧展「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」を、2021年10月2日(土)から12月26日(日)まで開催。まとめて見る機会の少ない連作を中心に構成される本展では、『旅みやげ第一集』や『東京十二題』、『東京二十景』、そして『朝鮮八景』など、巴水を代表する木版画の数々を楽しむことができる。

【展覧会概要】
展覧会「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」
会期:2021年10月2日(土)〜12月26日(日) 会期中に一部展示替えあり
[前期 10月2日(土)〜11月14日(日) / 後期 11月17日(水)〜12月26日(日)]
会場:SOMPO美術館
住所:東京都新宿区西新宿1-26-1
TEL:050-5541-8600 (ハローダイヤル)
休館日:月曜日、11月16日(火)(展示替えのため)
開館時間:10:00〜18:00(最終入館は17:30まで)
観覧料:
・オンラインチケット=一般 1,300円、大学生 1,000円
・当日窓口チケット=一般 1,500円、大学生 1,100円
※日時指定入場制(事前に美術館ホームページより日時指定のオンラインチケットを購入、入場無料の場合も日時指定のオンラインチケット(無料)を取得のうえで来館)
※高校生以下、身体障がい者手帳・療育手帳・精神障がい者保健福祉手帳の所持者とその介助者1名は無料、被爆者健康手帳の所持者は本人のみ無料(いずれも要予約、入場時要証明)
※時間枠の定員に空きがある場合に限り、美術館受付で当日窓口チケットを販売

※画像写真の無断転載を禁ずる。

【主要参考文献】
青木茂(編)『日本の近代美術12 近代の版画』、大月書店、1994年。
岩切信一郎『明治版画史』、吉川弘文館、2009年。
小山周子「大正新版画の研究──版元を中心とした美術の成立、構造と展開」、総合研究大学院大学文化科学研究科博士論文、2013年。
清水久男『川瀬巴水作品集 増補改訂版』、東京美術、2019年。
山口桂三郎『浮世絵の歴史──美人絵・役者絵の世界』、講談社学術文庫、2017年。

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