映画『あんのこと』が、2024年6月7日(金)より公開される。主演を務める河合優実へインタビューを実施した。
映画『あんのこと』は、2020年に起きた実在の事件から着想を得た物語だ。主人公は、幼い頃から母親に暴力を振るわれて育った21歳の香川杏。母親に売春を強いられた杏は、やがて薬物にも手を出し、荒んだ毎日を送っていた。
ある日、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた杏は、風変わりの刑事・多々羅と出会う。薬物更生者の自助グループを運営する多々羅は、杏が家族から離れ、就職することを支援。次第に杏も多田羅に心を開いていく。しかしちょうどその頃、新型コロナウイルスが蔓延。杏がやっとの思いで手にした居場所や人とのつながりは、あっという間に失われてしまう……。
映画『あんのこと』で主人公・杏を演じるのは、2021年の映画『由宇子の天秤』や『サマーフィルムにのって』での演技が高く評価され、第43回ヨコハマ映画祭をはじめとする数々の新人賞を受賞した河合優実。『愛なのに』や『PLAN75』のほか、主演を務めた映画『少女は卒業しない』や、2024年のテレビドラマ「不適切にもほどがある!」の出演も話題を呼んだ。今回はそんな河合優実へインタビューを実施。映画『あんのこと』について、また俳優業についてなど、河合の想いをたっぷりと伺うことができた。
『あんのこと』の撮影に入る前、入江悠監督とはどのようなやり取りをしましたか?
脚本の準備稿と一緒に、監督から丁寧な手紙をいただきました。その中で特に忘れられないのは、「彼女の人生を生き返す」という一節です。何もかも手探りだった今回の現場で、この言葉がずっと道を照らしてくれた気がします。
その手紙から河合さんは何を受け取ったのでしょうか?
実在の女性をモデルにしていますが、彼女の人生を作品化するにあたって、本当のところの気持ちを知る術はありません。でも制作は進みますし、その中である種の方向性が必要になる。とにかく力の限り想像してみよう。役を通して彼女が生きた時間、そこにあった喜びや痛みを生き返してみよう。その先に、何か見えてくるものがあるんじゃないかなと。
そんな中で特に意識したことはありますか?
モデルの女性に対しては、映画の作り手の一方的な想いでしかないですが、彼女に失礼がないように、傲慢にならないように、できるだけ真剣に向き合うことが1番できることなのかな、と脚本を読み進めながら感じていました。「この役と、主人公のモデルになった女性を自分が守る。絶対に守らなきゃ」と、まず心に決めました。
ですが、自信があった訳ではありません。むしろ演じながら悩み、躊躇する瞬間がたくさん出てくるだろうと思いました。でもだからこそ最初に彼女と手を繋ぎたかったんです。「私のところにきたからには、もう大丈夫だよ」と。
河合さんは撮影中、毎朝「今日もよろしく、いってきます」とお祈りしてから現場に向かっていたそうですね。
映画の中の杏に「今日もよろしく」、実在の女性に「行ってきます」と伝えていました。実在の女性への思いが強すぎてもこの映画を作ることはできないと思ったので、杏に自分の矢印が向くように切り替えていたんです。それでも毎日、役と彼女との両方を胸に思いながら現場へ向かっていました。
実際に杏を演じてみて、杏はどんな人間であると思いましたか?
杏は、今自分がいる場所からより良いところへ行こうとする力が強い人だと感じました。学校に行くとか、働くとか、多々羅(佐藤二朗演じる刑事)の協力があってこその前進ですが、自分の意志がないとやれないことだと思うし、そのエネルギーはすごかったです。
杏の生き方について知るほど、虐げられた弱者という思い込みは薄れていき、むしろ懸命に生きようとする意志の力を強く感じるようになりました。自分なんかよりもずっと杏は強い人かもなと思います。
杏の中に河合さんと共通する部分はありましたか?
一緒だなと思ったのは、例えば何か新しいことをできるようになったとか、今まで行ったことのない場所に行ったとか、そういう時に感動したり、嬉しいと思ったり。その1つ1つの気持ちは何にも変わらないなと思いました。
不幸な境遇の中でもがきながら生きる杏という役柄は、考える部分も多かったと思います。プライベートとの切り替えは意識されていたのでしょうか?
あまり意識していないかもしれません。もちろん、杏を演じていた頃と今過ごしている日常とでは少しずつモードは違いますが、役に取り込まれるというより懸命に撮影をしていたような感覚です。とはいえ、いつも物語を俯瞰する傾向にある私にとって、今作は比較的、杏に“入り込む“という感覚が強かったです。
何かを背負うような難しい役柄を多く任されるのはなぜだと思いますか?
傾向として多いので、なんでだろう、とよく考えています。自分はすごく幸せな環境で育ったと思いますし、人生で何かすごく大きいものを背負っているわけではありません。何事にも真面目に取り組む性格ではあるので、そんな姿勢が影響していたら嬉しいなと思います。
役と向き合う中で、大きな壁にぶつかってしまうときもあるのでしょうか?
迷ってしまう時とか、ちょっと焦ってしまった時、自分にできるのかなと思う時は、何かをやろうとはしないで空っぽになりますね。大きくその場に委ねるみたいな気持ちでいようとするのは、ずっと変わらないです。
演技未経験から俳優を志したとのことですが、目指している役者像などがあれば教えてください。
特定の役者像はありませんが、技術や経験値は演じていくうちに自然とついてくるものだと考えています。人として感動することを忘れない、人に優しくする、そういった基本的な感覚をずっと持ち続けていけたら良いなと思っています。