レシス(LES SIX)の2025年秋冬コレクションが、2025年2月19日(水)、東京・新宿の王城ビルにて発表された。

「パントクラトール」の目

デザイナー・川西遼平をはじめとする日本人の創作家たちによって、2017年にスタートしたレシスが、ショーを開催。そのタイトルに掲げられたのが、「パントクラトール(PANTOKRATOR)」──この言葉は、東欧で発達したビザンティン美術において全能の神キリストをあらわす、伝統的・定型的な表現を指す。右手で祝福の印を示し、左手には書物を抱える峻厳な顔立ちのキリストは、いかにも至高の存在といった姿である。

パントクラトールの至高性というイメージを持って今季のレシスを見ると、むしろそこには、圧倒的な高みとは相反する佇まいが、厳として体現されていることが見てとれる。ワークやミリタリーなど、いわば土臭さを感じさせるウェアを基調に、過度なまでのオーバーサイズ、過激なダメージ、キッチュとも形容しうるモチーフにより仕上げられているのだ──もし、パントクラトールが天の高みと結びつくのならば、レシスにおいては、地の低みが、圧倒的な強度で発露されていると言ってよいだろう。

シルエットは、極端なオーバーサイズが大きな特徴。カモフラージュ柄のパファーコート、サファリジャケット、斜めのチェック柄で仕上げたテーラードジャケットなどは、ダイナミックなシルエットに。ボンバージャケットは、ショート丈ながらもボリューミーな量感を。あるいは、カモフラージュ柄のパンツやオーバーオールなど、ボトムスにも大胆なワイドシルエットが採用されている。

シルエットや素材感など、見た目にも重さを感じさせるウェアにしばしば取り入れたのが、ダメージ加工だろう。デニムジャケットやデニムパンツ、コーディロイパンツは、グラデーションを持たせつつ、極端に色褪せたような風合いに。ロング丈のフーディ、十字架を表したクルーネックニットは、曖昧にムラ感のある色彩を浮かべる。さらにパンツにも、あたかも水に汚れたかのように、大胆な染めを施しているのだ。

ところで先に、「パントクラトール」とは「定型的」な表現だと言った。「表現」と言えども、それは作り手の感情の表明ではない。時代とともに多様な美術様式が移り変わった西欧に対して、東欧のビザンティン美術では、キリスト教の教義と信仰の表明こそ第一であり、そこに作り手の解釈を挟む余地はない。「定型的」な表現が、こうして脈々と受け継がれるのだ。このように、人々の日常から隔絶した神の視点を保ち続けた点に、西欧の美術とは大きな違いがある。

神の視点を念頭に置いたビザンティン美術の表現は、しばし非合理的にも思える。空間表現を例にとると、近くのものは大きく、遠くのものは小さく、という合理的な遠近法に代わって、遠くのものが大きく描かれる。遠近法が、ひとつの視点から見た合理的な空間を描くのならば、ビザンティン美術では、視点がひとつに固定されることなく、画面の中をあちこちに動くことになる。複数の視点から見たものの姿を同時に取りまとめ、ひとつの画面に集約する──あらゆる視点から網羅的にものごとを見ることこそ、神の目の働きにほかならない。

「どうせなら、正直に言ってやろう、と。／どんな醜い世界に僕らが生きていて、どんなに自分たちが汚い事が美しいのかって」──レシスは今季のコレクションに際して、こういった言葉を寄せている。それは、通常ならば負の価値を帯びる、醜さ、汚さに目を向け、その価値付けを反転させることだろう。美しさも醜さも、世界の諸相を等しくすくい上げるその身振りに、ものごとをあらゆる視点から見通す「パントクラトール」の目を重ねても良かったのかもしれない。