その後、丹羽正の生地は海外に広まっていったのでしょうか?
丹羽:含浸加工の生地が海外で成功したのはたまたま。次のヒットを狙う時は、日本のユニフォームの加工技術を応用しました。ウォッシャブルや、超撥水、加工ストレッチなどの機能的な加工を応用して、風合いの調整をした。日本は、撥水剤も、柔軟剤も種類が多いから、お客さんの意向にあったものが作りやすい。今では、日本より海外のお客さんの方が多いです。
数ある機屋の中で丹羽正が成功している理由は?
丹羽:強いていうなら3つあります。
1つは、若い時に基本をしっかりと理解したこと。織物に関することが全て網羅されている、愛知県発行のテキスタイルハンドブックを読み込みました。結構難解ですが、最後には数式の間違いを指摘するぐらいまで理解していました。
2つ目はデータを記録して、お客さんの傾向を把握したこと。これによって、お客さんがどのような生地が今気になっているのか、どのような生地を提案すればいいかなどを考えることができました。
最後の1つは、整理加工の行程を勉強したことです。私は加工する前の生地、生機(きばた)を作る機屋であり、生地の設計者でもあります。整理加工の工程のことも一生懸命勉強して、きちんと指示を出せるようになったこと。そのくらいの努力をしないと生き残れなかったですね。
生機を作るのと同時に整理加工の指示も出す企業は、尾州地区でも珍しいという。通常は整理加工と生機の生産は分業になっていることが多い。
ザ・リラクスは服作りの過程で、丹羽正の生地にどのようなアレンジを加えていますか。
倉橋:現在、私達が変更しているのは色のみ。生地のアレンジも考えますが、この生地はいじって良くなるところがまだ想像できません。どこか1つ足しても引いてもこれ以上は良くならないと思わせる、すごく深い生地で。デザイナーとして、この生地を超えるさらにいいものを作れるようにもう一回り成長して、丹羽正に挑戦したいです。
ザ・リラクスが飛躍するきっかけともなったコートを作った生地の「スーパー140's」ウールメルトンもまた、品質の良さが際立つ素材だ。その「スーパー140's」ウールメルトンを作りだした、創業54年の機屋・森保の代表取締役である森に、デザイナーと密接に取り組む、尾州地区での物作りについて話を聞いた。
もともとは、ヨーロッパに倣う形で日本のウール作りが始まったのですね。
森:100年前の日本はまだ着物文化でしたから、当然日本のウールの歴史は浅いことになります。だから最初は車と一緒で、ヨーロッパの商品に追いつくところから始まっています。品質や色の安定性においては、今は日本も誇れるクオリティに達しましたが、やはり感性の部分では、歴史がある分ヨーロッパが強い。
森保にとって「スーパー140's」ウールメルトンとはどのような存在ですか?
森:品質だけに絞れば、ヨーロッパに追いついた生地はたくさんある。しかし、約20年前にヨーロッパメゾンからの要求を受けて作られた、「スーパー140's」ウールのメルトンは、今まで存在しなかった新しい生地です。この生地をきっかけに、ヨーロッパへの輸出を強くしていくことにもなりました。
この生地のオリジナリティはどこにありますか?
森:スーパー140'sという上質な素材を使って、あまり高級な生地とは思われないメルトンを作った発想そのものです。メルトンを作る時は太い糸を使用するので、繊細な糸も作ることができる「スーパー140's」のような上質な原料を、通常はわざわざ使う必要はないのです。でも、そこであえて「スーパー140's」を使った太い糸でメルトンを作ったことで、出来上がった生地は、しなやかでありながら立体的に洋服のフォルムを構築できる、絶妙なバランス感を持った生地となりました。振り返ってみると挑戦的な物作りだったと思います。
ザ・リラクスもこのメルトン素材がきっかけで、お付き合いが始まったそうですね。
森: 「『スーパー140's』を使いたいブランドがあるから、お願いできないか?」と紹介されました。まだブランドを立ち上げて2年の倉橋さんが、自ら足を運んで交渉しに来て、「スーパー140's」をアレンジして使いたいという意向を聞き、物作りへの熱意や探求心を感じて、協力したいと思いました。最初はコート40着分程度の本当に小さな取引からの始まりです。
立ち上げたばかりのブランドともお付き合いされるのですね。何か取り引きする基準はありますか?
森:強いて言えば熱意ですかね。コート20着分の生地を注文するお客様も2,000着分するお客様もかける手間は同じです。手抜きはしないので。大きな注文を頂けるお客様の方がもちろん経済的ではありますが、そういう人達だけと仕事をするのではなく、若いブランドであってもどうしてもうちの生地が欲しいという熱意が感じられれば、お取引します。
リラクスからの要望はどのようなものでしたか?
森: 私達の「スーパー140's」のオリジナル生地をベースに、上品さを変えずに、より経年変化に強い生地を作ることを希望していました。倉橋さんから要望を聞いて、別注で糸を引いて満足して頂けるものに仕上げるというのは、大変でもありますけど、デザイナーとのやり取りは面白いですね。この商品を世に流したいっていうブランドの熱意に対して、協力できるところまでは協力していきたい。毎年うちの商品を使ってもらって、服が売れたと言われるのが一番ありがたいし、売上も増えてお互いにハッピーになれますから。