ガウディは、ネオ・ムデハル様式の建築を手がける一方、イスラム建築に特有のタイル装飾を吸収し、独自の「破砕タイル」の装飾手法を考案した。これは、小片に割ったタイルを用いて建物表面を覆う手法であり、細かな造形や小さな局面を被覆することを可能にするものである。こうした例は、たとえばガウディが初期に携わった大邸宅「フィンカ・グエル」の門柱や壁面などに見てとることができる。そしてサグラダ・ファミリア聖堂においては、塔の頂部に施した装飾として用いられることになったのだった。
また、上述の「ネオ・ムデハル様式」にも見られるように、19世紀とは「歴史」を(再)発見する時代であり、過去の各時代の建築も独自の価値を有するものとして再評価されることになった。こうした過去の建築様式の知見に基づいて生まれたのがリバイバル建築である。ガウディ作品にも、リバイバル建築の例を見出すことができ、たとえば卒業設計「大学講堂」は、ローマのパンテオンを彷彿とさせる「ネオ・ローマ様式」に基づいている。これは、歴史的な建築様式を教える当時の建築教育の方針を示すものだといえよう。
こうしたなか19世紀の欧米では、ゴシック建築の復興を推進するゴシック・リバイバルの動きが起こっている。ガウディもまた、ゴシック建築を深く研究した。何より、天に向かって力強く伸びるゴシック聖堂の尖塔は、生命力みなぎるガウディの造形とも通底するものであろう。
しかしゴシック聖堂においては、その高さと重さを支えるため、建物の脇に脚のように広がる側壁や控壁が導入されていた。こうした非合理的な構造を、ガウディは否定的に捉えたようだ。サグラダ・ファミリア聖堂の2代目建築家に就任したガウディは、ネオ・ゴシック様式による元々の案を脱却し、より合理的な建築を実現することを試みたのだった。
ガウディの建築には、自然に着想を得た有機的な造形を数多く見てとることができる。ガウディは建築を設計する際、周囲の自然との連続性、関係性を示すよう、装飾に工夫を凝らした。その基礎には、自然を丹念に観察し、そこから装飾のモチーフを引き出すガウディの眼差しがあり、それはすでに修行時代に描いたスケッチからも見てとれる。のちにガウディが手がけた「カサ・ビセンス」においては、周囲に茂る棕櫚の葉を鋳鉄に、一面に咲く小花をタイルに反映している。
自然の形態は、ガウディの建築においては装飾ばかりでなく、内部構造にも反映されている。サグラダ・ファミリア聖堂では、螺旋を描く柱が樹木のように枝分かれし、それらがさらに分岐して、天井を樹冠のように支えている。ゴシック聖堂の内部は、伝統的に森に喩えられてきており、ガウディはこれをより写実的な樹木式構造として──そして建築の構造としては、より合理的に発展させつつ──展開しているのだといえる。
ここで、サグラダ・ファミリア聖堂にも目を向けよう。東側のファサード「降誕の正面」は、3つの扉を持つネオ・ゴシック様式に基づきつつ、より縦長のプロポーションを取り入れている。ガウディはここに、イエスの生涯を表した浮彫や彫刻で隙間なく装飾するという、スペイン特有のファサードの特徴を採用。さらに、降誕の場面を象徴するかのように、扉口の空間を洞窟に見立て、アーチを鍾乳石で飾った。このように「降誕の正面」においても、過去の建築、自らが生まれたスペイン、自然のイメージ、そしてキリストの伝統に対するガウディのまなざしを見てとることができるだろう。
先ほどからしばしば、ガウディ建築における「合理性」にふれてきた。ガウディは自然から生命力あふれる有機的な造形を着想するばかりでなく、また法則性をも引き出している。造形の原理は自然の法則に従うべきであるとする考え方から、ガウディは建物に均衡をもたらす理想的なアーチを求めて、独自の実験を行った。
糸や鎖の両端を固定して垂らすと、下向きに逆アーチができる。ここに、重さを計算したおもりを複数下げることで、力学的な釣り合いを示す形を探ってゆく。これを、上下を反転して──たとえば写真に撮り、上下をくるりと回して──見れば、アーチの合理的な形態を得ることができる。ガウディはこの「逆さ吊り実験」を、たとえば1890年に着工した小工業都市「コローニア・グエル教会」の設計などに応用している。