ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)の2025年春夏メンズコレクションが、2024年6月22日(土)、フランスのパリにて発表された。
創業者自身が手がける最後のシーズンとなった、今季のドリス ヴァン ノッテン。そこで、40年弱にわたる時の流れを感じないわけにはゆかない──時間とは流れるものであって、それ自体に始まりや終わりがあるわけではない。また、時間とは実は、時計の秒針がカチカチと一定のリズムで時を刻んでゆくものであるというより、人それぞれが瞬間ごとに異なって感じるように、不思議と伸び縮みするものでもある。衣服とは、そうした時間の手触り、肌理をこそ反映するものだといえるだろう。
ピリオドを打つのではなく、移ろってゆく時間、刻一刻と感じられる時間──それが、今季のドリス ヴァン ノッテンが目を向けたものであったように思われる。そうして着想源としたのが、ベルギーの現代アーティスト、エディス・デキント(Edith Dekyndt)であったという。とりわけ日常的なオブジェクトが示す、時間と素材の変化に目を向けるデキントは、ガラス瓶の中で時間の流れを可視化する作品などを手がけてきた。
衣服とは、目に見えることのない時間の流れを、その肌理でもって具現化するものではなかろうか──そして小説家マルセル・プルーストの作品の中であっただろうか、柔らかなファブリックに手で触れると、そこに結びついた記憶が呼び起こされるように、織物の肌理とはひとりひとりが経験する時間を含み込んでいる。それゆえに、とでも言うべきか、今季のドリス ヴァン ノッテンでは、クラシカルなジャケットやコートに経年変化を帯びたような表情に加工が施された。
「流れ」を体現するモチーフのひとつが、墨流しである。かつて平安時代の貴族が雅やかな遊びとして楽しんだ墨流しは、水の上に染料をたらし、その模様の繊細な変化を定着させたものである。しばしば操作を加えるヨーロッパのマーブル模様とは異なり、日本の墨流しは、自然に移ろうがままの表情に目を向けるものである。時間の流れに寄り添うかのような流動的なモチーフを、ジャケットやコート、パンツなどに取り入れている。
シルエットもまた、流れるようなラインを描く。シングルブレストやダブルブレストで仕上げたテーラードジャケットやチェスターコート、ステンカラーコートなどに顕著なように、縦のラインを際立てる洗練されたシルエットが基調となっている。また、ストレートシルエットのパンツばかりでなく、ハーフパンツを随所に取り入れることで、軽快な佇まいももたらされている。
しかし、シルエットは明確なラインを描くばかりではない。トレンチコートやダブルブレストジャケット、プルオーバー、パンツなどに採用したシアー素材、シャツやコートなどに用いたシースルーのビニール素材は、波打つように繊細な表情でもってシルエットを揺らめかせる。ここで衣服は、身体を空間から隔てるというより、連続的に両者を──時に、風や動きという不可視な対象を可視化しつつ──架橋する役割を担っている。時間の流れ、身体と空間の関係──今季のドリス ヴァン ノッテンは、明確に形にならない不確定なものを、不確定なままに定着させるものでなかったであろうか。