工場を見学したあと、シューズコレクションのデザインの魅力に迫るため、デザイナーであるエンニョ・カパサにその話をうかがった。ミラノを拠点とするコスチューム ナショナルだが、工場がヴェネチアにあることはレザーシューズとの深い歴史が関係しているようだ。
「ヴェネチアの靴たちはルネッサンスの時期に注目されていて、多くの美しい靴たちがこの場所でつくられていました。工場もたくさんあり、フランスの企業でさえも工場を構えています。ヴェネチアはラグジュアリーシューズをつくるにあたって世界でもっとも重要な場所といえるのです。他の場所に移る企業もありますが皆ここへ帰ってきましたね。靴づくりのクオリティーで右に出る場所は他にないからです。」
ここで得られるクオリティーとはレザーはもちろん、ソールやヒール、そして生産方法などすべてであるという。こぞってみんなが‘Made in Italy’に憧れる理由がヴェネチアにつまっているのだ。
そして何より大切なことは、最高のスキルをもったトップレベルの人材が集まるということ。エンニョは描いたデザインを、完璧な形にするために、ラストと呼ばれる靴の型をつくる人のもとへ相談しに行くという。考え抜いたアイディアをしっかりと汲みとってくれる良き理解者と関係を築くことで、理想的な靴づくりの第一歩が踏み出せるのだ。
「その関係性はとても大切です。靴をつくるビジネスはたくさんのプロセスがあるので、複雑です。私がデザインしたものをラストとして形にすることは、その靴の‘パーソナリティ’のようなもの。重要なのは、それをつくる人の力。ここはレザーを使ってモノづくりすることの技術力が非常に高いのです。」
イタリアのブランドであるコスチューム ナショナルにおいて、レザーとのつながりは強い。しかし、その伝統だけに頼るのではなく独自の方法で、新たな魅力を生み出しているのも特徴だ。
「レザーは命のようなものです。私たちは、とても自然なほどこしのレザーを使います。化学処理は一切行っていません。ここは自分たちで仕上げを行うことのできる数少ない工場のひとつ。自分たちで特別なクリームを使い、レザー本来の味をさらに引き出し、美しく仕上げるのです。また色をつけるために染めることもあります。これはこの工場の秘密でもありますね。自分たちで仕上げを行う、ということが非常に重要になっています。」
日本人をはじめ、イタリアの革製品には世界中から期待が集まっているだろう。コスチューム ナショナルのシューズたちはレザーの強みを生かしながら、デザインにも新しい風を吹き込んでいる。
「私たちのデザインは未来的な要素とクラシックな要素を同時にあわせています。このコンビネーションが非常に大切です。新しいプロダクツをつくるということは、いつも伝統的なものに、これまでにない何かを組み合わせなければならない。エッジィさとモダンさが伝統に出会うこと。カスタマーはクオリティーや伝統を求める、でも同時にモダンだったりフレッシュなものも求めています。」
それから靴選びに欠かせないのは、その履き心地だ。どんなに素晴らしいデザインの靴に出会っても、満足のいくフィット感を得られなければ、残念ながら運命の一足とはいえないのが現実だ。
「たとえばトゥーの部分が少しでも大きかったり、小さかったり、ラインが少し真っ直ぐだったり、カーヴしていたり、それだけでまったく異なる仕上がりになります。それがデザイナーの個性といえるでしょう。そして履き心地が重要。このブーツの裏には滑り止めの凸凹をつけました。歩きやすいですし、雨や雪でも滑らないようにするためです。他のデザイナーにとってもそうだと思いますが、コスチューム ナショナルは機能性をとても重視しています。美しさのみを追求する人もいますが、私はただ美しいだけのものにあまり興味はありません。なぜなら皆、この靴たちを8時間や9時間履き続けなくてはならないのですから。」
こだわりのデザインを追求しながらも、履く人の想いを汲んだクリエーションを追求しているのが分かる。
デザイナー、エンニョ・カパサは80年代に日本に滞在していたことでも知られている。アヴァンギャルドなファッションが全盛期だった当時、多くのことを日本で吸収したようだ。それは毎シーズンのコレクションはもちろん、靴のデザインにも大きく影響している。
「唯一、イタリアと日本は、ハイクオリティーを見つけられるところ。ふつうの人間が、質の高いものをつくれるのです。日本は私にとってエナジーを感じられた場所でした。そのときイタリアのシューズは素晴らしい品質でしたが、デザインやコンセプトはとてもコンサバティブでクラシックでした。そんななか日本が前衛的なデザインを始めたのをみて、それをイタリアの工場に持ち込んで、ミックスさせたいと思ったのです。事実、それは大きな成功につながりました。」
あれから約30年、現在の私たちのファッションシーンは、デザイナーであるエンニョにはどのように映っているのだろうか。
「今の日本はもっとインターナショナルになって、世界中のすべてのファッションが揃っています。でも日本のユニークなところは、若者のマーケットですね。カジュアルなファッションや、若手デザイナーたちは非常におもしろいです。若者のファッションは、とても流行に敏感で強い印象を受けますね。イタリアやアメリカなどのデザイナーたちも、東京に来て彼らがどんなファッションをしているのか、ただ見に行くことだってあると思いますよ。」
コスチューム ナショナルのシューズコレクションは、独特の存在感がありながら、どんなスタイルにもマッチするアイテムばかりだ。世界ではもちろん、日本のファッションシーンにもしっかり溶け込んでいる。そしてそれが成功の秘訣なのかもしれない。
「私はこんな靴がつくりたいのです。たとえば1年間靴を履いて、その後5年間はかなくなったとする。でもまた履きたいって思うようなものを。靴はひとつのオブジェクトで、タイムレスなものであるべきだと思います。ファッションは目まぐるしく変化するものだけど、良い靴はもっともっと長く愛されるし、ひとつのレザーのスタイルとして認識される。だから私にとって、良い靴とはタイムレスなものなのです。」
ヴェネチアの工場の取材中、エンニョやガブリエレが工場の人たちと気さくに会話をする姿が印象的で、その関係の深さを感じさせられた。ここから世界に向けてコスチューム ナショナルの靴が発信されるのだ。ヴェネチアの伝統、ブランドのアイデンティティ、そして工場で緻密な作業により生まれるシューズたち。履けば履くほど魅力を増すその一足は、ワードローブの中でタイムレスに活躍してくれるだろう。
Interview by Kanae Kawasaki and Mikio Ikeda