イギリス出身のスーパー・ユニット=ザ・ティン・ティンズ(The Ting Tings)が、最新アルバム『スーパー・クリティカル』を2014年10月に発売。これを記念し12月に東京と大阪で来日公演を行った。
2008年に地元マンチェスターでメジャーデビューしたザ・ティン・ティンズは、パーティシーンから彗星の如く現れ、独創的でファッショナブルなスタイルと、クールな音楽性で瞬く間に世界で話題となった。グラミー賞受賞経験のある彼らならではの、DIYポップ・サウンドが満載の代表曲『グレイトDJ』や『ザッツ・ ノット・マイ・ネーム』はUKシングル・チャート初登場1位を記録。さらにはデビュー・アルバムもUKアルバム・チャート初登場1位を獲得するなど、デビューからいきなり大ブレイクした。
大阪公演の様子
ツアーとしては約6年ぶりとなるジャパン・ツアー。初日の大阪公演では「日本のファンのみんな、オオキニ!カンパイ!」と大阪弁を交えたトークで会場を沸かし、最新シングル『ロング・クラブ』やヒット曲『グレイトDJ』『ザッツ・ノット・マイ・ネーム』『ハング・イット・アップ』などを披露した。同じく東京公演でもチャーミングなケイティのMCでスタートし、新曲やヒット曲を次々と披露。最後には熱狂的なアンコールに応え、ジャネット・ジャクソン (Janet Jackson)のヒット曲『ザッツ・ザ・ウェイ・ラヴ・ゴーズ』を自身のシングル『ロング・クラブ』のメロディに合わせて歌うという、粋なサプライズを観客に届けた。
ケイティ(以下K):ええ。私たちはアルバムを制作する度に、生活する国を変えているので、大きな変化があったと思います。
なぜ場所を移るかというと、新しい変化やエキサイティングな気持ちがほしいから。それで私たちはスペインの小さな島、イビザに住むことにしたのです。クラブやダンスミュージックが有名な場所です。
ジュールズ(以下J):もともとダンスミュージックから刺激をもらいたくて、イビサ島を選びました。ヨーロッパの中で、ダンスミュージックのメッカとして最も人気のある場所だったからです。ただ自分たちは、イビザ島のクラブで実際にかかっているようなビートの早い音楽ではなく、もっと体を揺らして踊れるようなディスコっぽい音を目指していました。
実際イビサ島でクラブに行ってみても、やはりビートが早いと感じました。そこで、70年代後半から80年代にかけてニューヨークで盛り上がった「スタジオ54」などを想像し、当時のお洒落な人やセレブたちが踊っている姿を想いながら、今回のアルバムを作りました。
あとはイビサ島で、デュラン・デュラン(Duran Duran)の元メンバーであるアンディ・テイラー(Andy Taylor)に偶然出会いました。自分たちが今作りたい音楽の話をしたのですが、アンディは全盛期の「スタジオ54」に出入りしていたこともあり、私たちの作りたい音楽を理解し、応援してくれました。
結局、イビザ島の音楽とは全く異なるものに影響を受けたのですが、現地に行ったからこそ良い結果につながったのだと思います。
K:これまで作詞作曲、レコーディングは完全に2人っきりで行っていました。今回のアルバムで学んだのは、自分たち以外の人がスタジオいるのは良いということです。
私とジュールズは制作をしていると、アイデアをすぐに変えたり、途中で止めてしまったりするんです。けれどアンディはそういうとき、適切なタイミングでストップをかけてくれます。「とても良くできているよ。今日は家に帰って、明日の朝スタジオでまた聴いてごらん」って。彼の言う通りにすると、あとで作っている曲に満足できるようになりました。そう思えるようになったことは、私たちにとって良い意味で大きな変化だと思います。
J:マンチェスターからベルリンに行ったときは、知り合いもいないし、言葉も分からないし、カルチャーも違うし、どんな環境かも分かりませんでした。こういうとき、人は精神的に弱くなります。けど何かを創り出したいときは、こういう繊細な気持ちになっているほうが良いのです。居心地がよすぎる環境にいると、 私たちは良い作品を作れません。
3rdアルバムにおいて、新しい自分たちに出会うため、また別の場所に移ることにしました。イビザ島は、知っている人もいれば、これまで会ったことのないアーティストもいました。島でどんなことが実際に起きているのかを知り、吸収していくことは、とてもよかったです。
私たちは、これからも同じように住む場所を変えてアルバム作りをしていくのだと思います。4thアルバムは、アメリカのナッシュビルでカントリーミュージックを作るかもしれないし、もしかしたら東京かも?まだ分からないけどね。
K:『ロング・クラブ』は、居心地の良くない場所についての歌。楽曲のタイトル通り、ナイトクラブを指しているのです。朝4時、もうこれ以上酔えないときのナイトクラブの嫌な雰囲気……。
そこでこの曲では、女の子が1人ぼっちになり、クラブで踊っている姿を描きました。でもクラブで撮ったPVはよくあるし、同じものを作りたくありません。なので撮影場所は、どこのクラブか特定できないような何にもないスペースを選びました。レーザーとライトだけを使い、クラブにいるような雰囲気に見せたのです。
K:振付師と一緒に考えました。彼女はオードリー・ヘップバーンみたいに踊る、素晴らしい人だったわ。ヒップホップでもなくコンテンポラリーなものでもなく、自分のスタイルを持っているの。
私は幼い頃からダンスを習っていたのですが、16歳で辞めてしまいました。なのでまた踊るのは怖かったですね。けれど1日踊ってみたら、やっぱりダンスが好きになりました。
K:イビザ島で出会ったCGのエキスパートをディレクターにして、バーチャルリアリティの世界を表現しようと思いました。2人がウォーキングマシンで歩き、その周りを完全にCGで表現するのが元々のアイデアで、私たちはSkypeで2ヶ月もの間、毎晩このビデオについて話し合いました。
けれど撮り終えてみたら、照明とかカメラとか、周りで作業してくれる人たちが映っていた方が、逆にシュールで面白いんじゃないかと思いました。結局2ヶ月も話し合ったのに、後から思いついたアイデアを採用することになったのです。
左) 3rdアルバム『スーパー・クリティカル』のジャケット 右) 1000枚限定のアナログ盤
K:そうですね、70年代風のサイケデリックな雰囲気にしました。
J:70年代のディスコ、80年代のファンクに影響されたとき、特にアメリカでは、快楽主義というものが大きな存在でした。
実は1000枚限定のアナログ盤CDのアートワークで、大きなジップロックのようなものに葉っぱが描かれたCDを入れています。袋には文字をかくための白いスペースがあるので、私たちは自分たちで“Super Critical”と書いて、実際に売られているように見立てたのです。このようにアートワークは、たくさんのメッセージを含んでいます。
今までのザ・ティン・ティンズらしくない部分を皆が見つけてくれるのは、良いことだと思っています。私たちはtwitterなどのSNSを使っているのですが、そこで「グリーン・ポイズンってもしかしてアレ?」ってコメントする人とかもいて、「さあね」って答えたり。皆CDを買って、なんとなく気付いてくれるのがいいですね。