主人公の大上は、人物自体が、根は正義だというところは見せない、ある意味、最後まで演じきりました。そのあたりは俳優にも通じるところはありますか?
正直に言えば、俳優はやっぱり根っこが見えない方がいいです。この人は一体どんな人なんだろう、という見られ方の方が、表現する時に非常に得な事があると思います。その点で、昔の俳優さんはラッキーでした。私生活が分からなかったり、プライベートなことは観客は全然わからなかった。今はメディアを通して語ってしまっていますから。もちろん、中には事実とずれて伝わっていることもあると思うのですが。
役所さんはどちらかと言うと分からない方ですよね。意識しているんでしょうか。
そうですか?!それはラッキーですねぇ~。
本来俳優は白紙な方がいいと思います。演技で色々な色に染まっていく方が、見てくださる方も楽しいんじゃないかな。
染まれることが俳優の面白さなのかもしれませんね。
役者の面白さは言葉ですね。日常生活や、テレビの宣伝の一環でも喋れないような内容も、堂々と役を借りて語れることは、醍醐味だと思います。あとは、現場に行ってスタッフとキャストと作っていくときに想像もしなかったような瞬間がある。“気持ち”や“閃き”、その瞬間が面白いんです。
撮影の前に、一番重点を置いて取り組んだことはなんでしょうか。
方言の呉弁ですね。クランクイン前から撮影中もずっと練習していました。不思議と言葉からその土地で育った人の何かが染みてくる感じがあるんです。今回は、実際の呉の町でキャストもスタッフも腰を据えて撮影しましたし、町から聞こえてくる言葉も呉弁。言葉を大切にしたいなと思いました。
2か月間ぐらいは呉弁にどっぷりハマって、いまだに使ってますけど。時々ね(笑)。
主人公の大上は、根は正義だというところは見せない。劇中ではそれを貫きますが、観客には隠された面が見えてきて、それが魅力的なキャラクターだと思います。
大上は、根っこは正義の味方だと思いますが(笑)、ことさらに自分のやっていることは正義なんだっていうところを見せない。見せなくても彼の正義は、見えてくる構成になってますから、シンプルに得体のしれない、やくざから賄賂を受け取る刑事に見えていいと思っていました。大上の真実の姿は表現する必要はないと思っていました。
松坂桃李さんが演じる日岡に対してはどのように見ていましたか?
こいつが自分の後を引き継いでくれる男かもしれないみたいな、という気持ちは大切にしようと心がけていました。結局、日岡の正義感は青いは青いんですけど、正義に対する思いっていうのは正しいことは正しいですから。
演じた松坂桃李さんについては?
日岡が成長していく過程にかけては特に見事です。もしこの映画の続編が出来たら、松坂君が主人公として、呉という町で活躍する姿を想像しました。これからまた松坂桃李の呉の刑事の物語が始まるんじゃないかって予感がしました。
白石和彌監督とは今回が初めてですがいかがでしたか?
1960年代から映画界で活躍された若松孝二監督の元で育っているんでしょうね。白石監督は昭和の香りがする監督です。撮影現場にも確かにそれが表れています。監督自身がこのカットは欲しい、このカットが一番大切だというところを粘ってテストを繰り返し時間を掛ける。
現代の手法では、たくさんの素材を色々なアングルから撮って、編集段階で選択肢を増やすというのが主流になってきていますが、白石監督は自分が必要なカットを非常に丁寧に撮る監督だと思いました。
撮影中にもう完成形が見えているのでしょうね。
そうですね。編集でどうこうしようというのではなく、監督の頭の中にはしっかりとしたイメージがある監督だと思います。
そんなタイプの監督は少ないのでしょうか。
意外とそういう監督は少なくなかったのですが、今は以前に比べれば減ってはいると思います。
素材を多く撮れば、編集の段階でいかようにもできる。プロデューサーからすると、素材は多ければ多いほど仕上げ作業で選択肢が増える。しかし、現場は大変です。使える素材は大事ですが、とにかくたくさん撮っておこうということになると現場は地獄になります。しかし、監督の決断と割り切りが早いと、現場は平和で幸せです。2時間程度の映画の中で、どんなにスタッフ、キャストがクタクタになって沢山の撮影をしても、そのほとんどは使われない訳ですから……。
白石監督からはどのような指示を?印象的な演出は?
痰を吐くシーンですね。3か所ぐらいあったんですけど。えええーって思いましたよ。ひょっとしたらは白石監督の師匠・若松監督のオマージュを意識していたのかもしれませんね。
映像の中で痰を吐くのは初めてだったんですが、現代ではそんなことする人も少なくなってきてますよね。ある意味昭和のアウトローを表現するのに役にたったのかもしれないな、と思いました(笑)。
元々は脚本になく、「じゃあ痰お願いします」みたいな流れだったのですか?
はい、そうですそうです(笑)。
最も印象的なシーンは?
最後、ラストに向けてぐわーっと勢いがあって。石橋蓮司さんの、最後の台詞は楽しみにして見て下さい。初めて台本を読んだ時はそのシーンに爆笑しました。