2018年「第13回小説現代新人賞」を受賞した神津凛子の小説『スイート・マイホーム』。たった一台のエアコンで、家中を隅々まで暖められるという新築物件を舞台に、家を取り巻く恐怖の連鎖を描いた"背筋が凍るホラー小説”として話題を集めた作品だ。
そんな同作を実写化した映画『スイート・マイホーム』が2023年9月1日(金)に公開へ。本記事では、俳優としての地位を築き上げながら、近年映画制作にも意欲的な齊藤工監督をはじめ、主演の窪田正孝、その兄弟役を務めた窪塚洋介の3人にインタビューを実施。制作の裏側から、監督業・俳優業にかける想いまで、たっぷりと話を伺うことができた。
まずは齊藤監督に質問です。『スイート・マイホーム』は、<家>をひとつの大きな舞台にした物語ですが、演出や構成の中で参考にした作品はありますか?
齊藤:はい、ふたつあります。まずは、2021年に日本公開された海外映画『ビバリウム』。ホラーでありながら、“新築”を舞台にしている特殊な状況が、『スイート・マイホーム』との共通点だと感じました。何か真新しいものの余白にある不気味さだったり、生活感のない空間の気味の悪さって、映画の中で描かれることって意外と少ないんですよ。特にジャパニーズホラーの場合、古い歴史を持つ家の物語が主流なので、参考にさせていただきました。
もうひとつは、海外の配信ドラマシリーズ「サーヴァント ターナー家の子守」。『シックス・センス』で知られるM・ナイト・シャマランが制作と監督を務めるホラー作品なのですが、とある一家に起こる悲劇を描いた内容でして。家が引き寄せる怪奇現象や気味の悪さといったものは、作品を制作するうえでも凄く影響を受けていたように感じています。
たしかに『スイート・マイホーム』は、<家>という空間そのものが、物語の不気味さをより一層加速させていましたね。主演を務めた窪田さんは、実際にこの空間を舞台にして、感じた気付きはありましたか?
窪田:完成した映像を観た後に気付いたことでもあるのですが、“家がひとつの人間の体内”みたいだなって。
窪塚:面白い気付きだね!
窪田:例えば、身体の中に異物が入っているだけで、とんでもなく嫌悪感というか、それに包まれているようで気持ち悪いじゃないですか。『スイート・マイホーム』では、<家>という空間を通して、そういった、何か異物に包み込まれた人の体内を見ているよう感じられたんです。ある意味、<家>という存在自体が、そこで暮らしている人そのものを映し出しているとも思っているので。
そんな<家>からにじみ出る気味の悪さや恐ろしい空気感、しっかりとスクリーンにも映し出されていました。この作品を通して、皆さんにとって一番怖いと感じたことはなんでしょう?
窪田:僕は率直に、この地球上で一番怖いのはやっぱり人間だなと。原作も読ませていただいたのですが、「人間って、一体何なんだろう」と、考えれば考えるほど、重たい気持ちでいっぱいになりました。
窪塚:僕はね、おばけ。
齊藤:一番適当なこと言って(笑)
窪塚:うそ、本当は自分自身かな。
ご自身が怖い…?
窪塚:僕が演じた聡役(主人公の兄)も含め、この作品の登場人物は、人間としてのバランスを崩していって、それによって、どんどん悪循環が生まれていくじゃないですか。実は僕もこれに近いことを経験したことがあって、自分自身と乖離してしまう──それはまるで自分が自分じゃなくなるような感覚が非常に怖かった。だからバランスこそが全てだと知っているし、それを失ってしまうことが僕にとっては一番の恐怖というか。
齊藤:あー、僕もその感覚に近しいものを持っています。なりたくない自分に、いつの間にかなってしまっていて、さらにそれに気付けないっていう状態って、実際よくあるもので。特に今の時代、自分は被害者ヅラしているのに、実は加害者側だったなんてことは、誰にだって起こりうる。バランスを失ったときに、転ぶ方向さえも意識していかないと、人間としての“腐敗”は、あっという間に進行してしまうものなのかもしれないなと。
ホラー作品ならではの、シリアスな演技も本作ならではだったと思います。実際に現場で、困難だと感じたシーンは?
窪田:ネタバレにならない程度にですが…、僕が家で起きている異変に気付いて、外から家に入っていくまでの緊迫感をワンカットで撮影されるシーンがあるんですね。そこが一番難しかったです。
齊藤監督からは、「窪田さんの背中だけを映したいです」と、先に指示をいただいていたにも関わらず、僕はおこがましくも、自分の横顔をわざとカメラに見せたんですよ。絵的に、慌てふためいた自分の表情も見えたほうが、観客の人にもより伝わるかなって。
けれど深層心理では、僕が“背中だけ”で演技を表現できる自信がなかっただけなんです。そんな自分をかばうために、無意識の防衛反応が働いてしまった。その後、監督にアドバイスをいただいて、なんとか全てワンカットで背中の図を撮れたのですが、自分から”横顔”をプラスアルファしたなんて、今振り返ってみてもどうかしていたというか。“なんて恥ずかしいことしていたんだろう!”っていう気分です。
窪塚:それを言ったら、俺なんてもう全部やりすぎたぞ!(笑)
齊藤:とんでもないですよ(笑)ふたりとも本当に素晴らしい俳優でした。僕にとっては、ふたりの演技を撮れただけでも、映画を作った意味があったと思えるほどです。窪田さんに関しては、初期段階の脚本からみたうえで、ずっと役作りに取り組まれていましたし、窪塚さんは原作に書かれていないキャラクターの特性を、一から練ってくださっていたんですよ。
ホラー作品は撮影現場もどんよりと暗い空気感を連想してしまうのですが、実際はなんだか穏やかな現場そうですね。
窪塚:ホラー作品とは思えないくらい柔和な現場でした(笑)
窪田:本当に。(笑)
窪塚:でも、その現場作りというのは、やはり俳優としての”プレイヤー側“を経験している齊藤監督の存在が非常に大きい。どうしたって、役者目線でも僕たちキャストを見てくれているので、そのうえで互いに信頼し、忖度なしに意見を言い合える関係性が、僕にとっても非常に心地が良かったです。でも実際に完成した作品を観たら、そんな空気を微塵も感じさせないくらい、しっかりと怖い部分だけが濃縮されていたので、やっぱり凄いなって!
齊藤:ありがとうございます。僕自身、監督の本来の役割は、人の才能をいかんなく発揮する場所を作ることだと思っているので、現場の皆さんには沢山のアイディアをどんどん出してもらうことを、何よりも大切にしていたんですよね。
そして僕自身が、監督としてまだまだ未熟な立場なので、”ただ映画が好き“というだけで、さぞ知識があるようにふるまいたくないんです。監督が主人公となって動いてしまうと、本来能力があるキャストやスタッフが受け身で終わってしまう現場を、いくつも見てきましたし…。だから子役も含め、それぞれの能力を信頼して、能動的に動いてもらうということが、何よりも現場作りで大切にしています。
撮影期間中、“齊藤監督ならでは”の独自のアプローチもあれば、教えてください。
齊藤:全日程はできなかったのですが、本作は冬の現場だったのでお味噌汁をプロデューサー陣含めて振る舞ったことですかね。僕は”体内の状態がクリエイティブに直結する“と確信を持っているので、現場で頑張る皆さんには、エネルギーたっぷりの自然食を食べていただきたかったんです。
もちろん撮影現場で見直すべき外的要素って沢山あると思うんですけど、それが人の内部にまで直結するものって、やはり食だと思うので。”この味噌汁一杯が、映像上にも何か働きかけてくれるんじゃないか“って、沢山の希望を込めていました。