松田さんはいかがでしょう?
松田:綾野くんはしっかりしていて、芝居もかっちりやるというイメージがありました。でも、実際は現場での感覚をちゃんと受けながら、とても柔軟にお芝居をしているんだなという印象を持ちましたね。
『影裏』は、今野が日浅の別の一面を知っていくという物語でした。綾野さんはこの撮影を通して、改めて知った松田さんの「裏の顔」はありますか?
綾野:映画では初めてでしたが、そもそも先にプライベートで会っていたので難しいですね。思っていた通りの人ですから。ただ、プライベートで知っているからこそ、映画で共演するときには緊張しました。でも、それも一瞬で抑えられる。ちゃんと熱意を持ってお芝居をやっている人です。
松田:日浅という人物に関して、ある程度自分の中でイメージを持って現場に入ったんですが、自分がイメージを作れば作るほど、かえって分からなくなって。
イメージを膨らませると、かえって苦しくなると?
松田:そうですね。とくに日浅は、周囲の人から語られる部分が多い。彼自身は誰にも依存しない、とてもフラットな人です。そのぶん周りから、日浅ってこういう部分があるよ、と語られることで作られている客観的な人物像がありました。
でも、それを意識しだすと、いろんな情報がありすぎるんです。なので、なるべく自然に、フラットに演じようと思いました。撮影中は、とにかくその場で起きる感覚を大事にして演じました。
そうした自然な姿勢が、日浅のフラットな役に繋がったのですね。
松田:面白いのが、ずっとそうやって生きてきた日浅が、今野と出会うことで、内面をぐっと攻められる。そこまで他人にぐっと入ってこられたことはないので、やはり日浅は動揺したと思います。
それでも次の日にはフラットな日浅がいるんですが、そこに間違いなく大きな変化があったはず。その気持ちの揺れが、物語の後半へ影響するのだろうなとは考えました。
物語では、今野と日浅が出会って、少しずつ変化していきます。ではご自身の経験で、刺激を受けた出会いや、自分を変えた出会いを教えてください。
松田:やっぱり映画ですね。映画作りは一人でできる仕事ではありません。たくさんの人たちと関わってひとつの作品を作るという仕事を20年以上続けてきて、最近とくに、映画に救われてきたし、恵まれていると強く感じますね。
「恵まれている」とは?
松田:結局のところ、僕はいろいろ器用に演じられる人間ではないのかもしれません。それしかやらなくてもいい役があるということには救われますね。今回も、現場で自分自身を役や作品に落とし込むという感覚がたくさんあって、やっぱり映画は面白いなと思いました。
綾野さんはいかがですか。
綾野:やっぱり映画です。デビューは『仮面ライダー555』で、その時の石田監督に「君は映画が合っていると思うから、テレビという小さい画面でなく、スクリーンという大きい画面での表現のままでいいと思う」と言われました。当時その意味はよくわかりませんでしたが、俳優をやるうえでの挑戦する感覚が、自分に合っていると感じました。
「挑戦」とはどういうことでしょう?
綾野:僕は、変化がなければすぐ楽な方向に逃げてしまう体質だと思っています。だからこそ役者として自分の進化が常に問われている、という感覚を自分に与え続ける。元々自分自身アスリートだったので、どこまで無茶を自分に落とし込むことができるのかという挑戦の感覚が必要でした。
それはやはり、ひとりで演技をしているわけではないからです。今回で言えば、今野が存在したのはやっぱり日浅がいたからであるというのを、確信をもって言えることが、自分にとっての幸せなのではないかと思います。
松田さんとの共演だからこそ、この作品でも挑戦できたと。
綾野:そうですね。先ほど松田さんが恵まれたと言っていたのは、そうして作品と向き合ってきた証拠だと思います。だからこそ、高揚や緊張もありましたが、松田さんと共にひとつの作品を作ることができるのは楽しかったです。またそういう風に思える作品が、早く生まれてほしいと感じます。
今野は、転勤で移り住んだ岩手で日浅に出会う。慣れない地でただ一人心を許せる存在。まるで遅れてやってきたような成熟した青春の日々に、今野は言いようのない心地よさを感じていた。しかしある日、日浅は突然姿を消してしまう。日浅を探し始めた今野は、日浅の父に捜索願を出すことを頼むが、何故か断られてしまう。そして、見えてきたのは、これまで自分が見てきた彼とは全く違う別の顔。陽の光の下、ともに時を過ごしたあの男の“本当”とは?
映画『影裏』
公開時期:2020年2月14日(金)
出演:綾野剛、松田龍平、筒井真理子、中村倫也、平埜生成、 國村隼、永島暎子、安田顕
監督:大友啓史
原作:沼田真佑『影裏』(文藝春秋)
脚本:澤井香織
音楽:大友良英