綿矢>大九監督がたくさんの色彩をつかみ取って表現して頂いたことは嬉しいです。カラフルさを意識して作品を書くこともありますが、『私をくいとめて』は色味に関しては、淡白なイメージだったので。
綿矢>映画版を拝見して、特に印象に残ったのは飛行機のシーン。映画ならではの表現で、すごいよかったです、あのシーン。
大九>私は、脳内で映像に変換しながら小説を読むクセがあるのですが、初めに映像が頭にパッと浮かんだシーンをどんなに難しくても映像化していきます。一番衝撃を受けたシーンから逆算して、作品を組み立てることもあるほど、大事にしていることなんです。
『私をくいとめて』は、飛行機のシーンがすごくおもしろかった。みつ子の心の移ろい、激しい感情の露出を見ていて、小説の中で色がスパークする感覚。原作では、大滝詠一さんの『君の天然色』の歌詞がそのまんま載っているのですが、それを読んだとき、しゅわっと爽やかな気持ちになって、私も救われた。小説でこれを出来るなんて、本当にすごい人だなって。だからこそ、そこは大事に撮ろうと思っていました。
Q.綿矢さん、映画版『私をくいとめて』の好きなところを教えてください。
綿矢>キャラクターに対しての愛情をすごく感じさせてくれるところ。自分が『私をくいとめて』を書いたとき以上に、もっとみつ子の正体を知ることができたなって。みつ子はこんな部屋に住んでいて、こんなチャーミングなところがあって、一人では抱えきれないほどの闇があるけど頑張っているんだなっていうのが、小説を書いているとき以上に伝わってきました。
『勝手にふるえてろ』を映画化していただいたときも、主人公だけでなく、物語上のすべてのキャラクターたちが、本当に実在するようにリアルに、それでいてコミカルに描かれていたのが忘れられなかった。今回も、大九監督の魔法によって、どれだけキャラクターが生き生きとよみがえるんだろうと楽しみにしていたんです。
主人公の住んでいるところ、持っている携帯電話や小物、男の子や友達の選び方。細部にまでこだわることで、キャラクターたちがリアルになり、一人ひとり一生懸命生きて、働いているのが伝わってくる。
今回だと、小説に書いていない「ばかばか。ばか言ってるよ。聞けるわけないじゃん。」というみつ子の独り言が好きでした。みつ子ってすごくかわいい人なのに、その独り言は懐かしいタイプのひょうきんさだったんですね。みんなに見せる顔と一人でリラックスしてるときの顔に、ギャップがあるのがいい。そういうところからも、みつ子の性格がわかった気がして、すごく楽しかったです。
大九>私が綿矢さんの作品を映像化すると、小説で書かれる登場人物より、ちょっと乱暴で元気があるキャラクターにいつもなってしまうんです。
Q.映画化するにあたりキャラクター設定の変更もありましたよね。
原作とココが違う!映画『私をくいとめて』
1)主人公・みつ子は“31歳”に!
原作では、33歳を目前に控えた32歳として描かれているみつ子だが、映画『私をくいとめて』では31歳に。
2)みつ子の親友・皐月は“妊婦”に
みつ子の親友・皐月は、映画版では“妊婦”になり、みつ子とより対照的な存在として描かれる。
3)新キャラ!みつ子の会社のデキル女上司「澤田」
原作にはいない新キャラクターとして、みつ子が働く会社の“イカした”女上司の澤田が新登場。
大九>“おひとりさま”というのが、映画のテーマの一つであったので、年齢は大事だなと思ってました。私自身29歳から30歳になる時、ものすごい焦りと恐怖があって、大暴れしたんです(笑)。“何がしかにならねばならないのに、何も成し遂げていない。私はこのまま朽ち果てていってしまうのか!”というアワアワした気持ちから、1か月くらい海外を一人旅して安いユースホステルでダニに刺されてブツブツになった足を見ながら30歳の誕生日を迎えたり…。でもいざ30になってみると何も変わらなかった。
その恐怖を乗り越えて一旦落ち着いたキャラクターとして、みつ子を作ってみたかったので31歳にしたかったんです。
Q.みつ子の親友・皐月は“妊婦”にしたのはなぜですか?
大九>小説の長尺をぎゅっと130分の映像にまとめるとき、皐月には、みつ子に影響を与えるような象徴として出て欲しかった。自分と同じ立場だった皐月の生活や環境が、再会したときに大きく変わっていたら、みつ子はどういう態度になるかな、さぞやみつ子は動揺するだろうなって思い、設定を変えてみました。
小説の中の皐月とは異なり、映画の中では、恐怖を感じながら、誰にも言えずに強がって生きていきている一面もみせている。人と人との距離感を描くこの映画の中で、“一歩も動けなくなってしまった存在”として皐月に機能してもらえれば、この映画にさらなる強度を与えてくれるんじゃないかと思ったんです。
Q.そういった設定の変更は、主人公の存在を際立たせるためですか。
大九>いいえ、主人公を膨らませるためにというよりは、主人公をより深く知りたいという思いからです。主人公を知っていく上で、どういう人間と触れさせていけば、より主人公の性格が露わになるかということを開発していく。映画版の新キャラクターである澤田は、みつ子をきちんと照らし導く素敵な女性の先輩がいたって良いじゃないかというという希望を込めて描きました。
「私が読んでみたいものを書く」-小説家・綿矢りさ
「一人ではやれないことをやれてしまうのが映画」—映画監督・大九明子
Q.お二人は、ヲタク女子、おひとりさま女子など応援したくなる女性像をこれまで描き続けていらっしゃいますが、どのような思いでクリエーションされていますか。