企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」が、東京都美術館にて、2022年10月9日(日)まで開催される。
デザイン大国として知られる、北欧の国デンマーク。とりわけ1940〜60年代にかけてのデンマークでは、歴史に残る優れた家具が数多く生みだされた。そのなかでひときわ「美しい」家具を手がけたのが、フィン・ユールだ。特に彼がデザインした椅子は、快適な座り心地はもちろん、曲線的・有機的で優美な造形で仕上げられ、「彫刻のような椅子」とも評されている。
企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」は、デンマークにおける家具デザインの展開をたどるとともに、優美でありつつも身体に心地よく馴染むフィン・ユールのデザインの魅力を紹介する展覧会だ。なかでも、日常のあらゆる場面を支える“椅子”に着目し、製作から半世紀以上を経た今もなお魅力を放つ優れた作例が豊かに育まれた背景に光をあててゆく。
本展は、全3章から構成される。第1章では、デンマークにおいて優れたデザインが育まれた背景をたどるとともに、椅子を中心に数多くの作例を展示。第2章では、デンマークのデザイナーのなかでもフィン・ユールに着目し、その家具の独自性と活動の展開を紹介。そして第3章では、20世紀中葉のデンマークでデザインされた椅子に実際に座ることができる展示を展開する。
また、本展は、世界的にも名高い北海道東川町の「織田コレクション」を東京でまとめて紹介する初の機会。織田コレクションは、本展の学術協力にも携わっている椅子研究者・織田憲嗣(東海大学名誉教授)が長年にわたって収集してきた20世紀の家具や日用品のコレクションであり、会場では名作とされる椅子など、多種多様な椅子を目にすることができる。
第1章では、デンマークで優れたデザインが育まれることとなった背景について紹介。その土壌には、より良い暮らしを目指すという価値観があった。たとえば19世紀半ばには国民高等学校が設立し、あらゆる人びとに開かれた教育制度が確立。加えて、早くから生活協同組合が発達し、生活の質が保たれるようになった。デンマークの家具デザインもまた、教育や医療、福祉といった社会システムとの関わりのもとで発展したのだった。
20世紀初頭のヨーロッパに浸透していったのが、工業的な大量生産を前提に、合理的・機能的なデザインを志向するモダニズム運動だ。北欧も例外ではなく、1930年に開催されたストックホルム博覧会において、モダニズムの動向が本格的に紹介されることになる。しかし、デンマークの建築家やデザイナーたちは、モダニズムの理念を無批判に受容したわけではなかった。
デンマークでは伝統的に、木を使った家具作りが盛んに行われてきた。たとえば、すでに1554年には、コペンハーゲンに家具職人組合が発足している。都市部に限らず、地方の小さな町にも木工房が存在し、家具などが作られてきた。デンマークのデザイナーは、日用品の質が生活の質に影響するという考えのもと、こうした家具作りの伝統を引き継ぐ一方で、実用性を追求するモダニズムの発想を取り入れたのであった。
デンマークのモダン家具デザインを先導したのが、コーア・クリントだ。1924年に創設されたデンマーク王立芸術アカデミー家具科の初代責任者を務めた人物でもあるクリントは、家具デザインに関する2つの発想を打ち出している。ひとつは、過去の優れた家具の構造や機能を分析し、現代生活に合うよう装飾的な要素を排除してデザインし直す「リデザイン」。もうひとつは、日用品の計測に基づく合理的な家具の寸法の算出を行うとともに、人体測定によって得られたデータを組み合わせることで人体と家具の相関関係を導く、現在でいう人間工学的な方法論。こうしてクリントは、「機能美」を追求した家具の流れを生むことになる。
たとえば《レッドチェア》は、18世紀中頃にイギリスで流行した、軽快で優美なチッペンデール様式の椅子をリデザインしたもの。背もたれの装飾は廃され、座面と同様の山羊革にアレンジされている。また、《フォーボーチェア》は、クリントがリデザインの手法を実践した初期の作例。美術館の展示室用にデザインされたものであり、美術館のクラシカルなデザインとの調和を考慮して、古代ギリシア建築のレリーフなどに見られる椅子「クリスモス」を参考にしたとされる。簡潔さのなかにも、背もたれや後脚の曲線にクリスモスの影響を見てとることができる。
機能美に基づいたデンマークの家具は、しかし、随所に高度な木工技術が駆使され、材料にも高級な輸入木材が使われるなど、決して安価なものではなかった。そうしたなか、国内の木材を活用し、機能的でモダンな家具を一般の人びとにまで広めることを試みたのが、1942年に設立された「FDBモブラー」だ。その責任者ボーエ・モーエンセンは、クリントに学んだデザイナーであり、《J6》や《シェーカーチェア J39》など、低価格でありながらも機能美に優れた家具を展開していったのだった。
そして、1940〜60年代は、デンマーク王立芸術アカデミーで学んだ若い世代のデザイナーや建築家が活躍し、デンマークのモダン家具が黄金期を迎える時期となる。会場では、上述のボーエ・モーエンセンをはじめ、優れた技術によって数多くの名作椅子を手がけたハンス J. ヴェグナー、建築家でありながら、椅子などの家具や照明もデザインしたアルネ・ヤコブセンなどによる、多種多様な椅子を一堂に集めて展示している。