物理的な面においては、椅子には人がその上に座るうえでの心地良さはもちろん、強度が要請される。腰掛ける人はそれぞれ体型が異なり、腰掛け方も人によりさまざまだ。そしてテーブルのように物の力が垂直に加わるのではなく、体型や座り方に応じてさまざまな方向に力がかかることになる。椅子は、こうした複雑な力に耐えうるだけの強度を持っていなければならない。
また、道具として販売されるものである以上、価格をある程度抑える必要がある。さらに、造形物としての審美性も挙げることができる。
では、椅子の持つ精神性な意味とは何か。たとえば組織のトップや議長を意味する語が「chairperson」であるように、「椅子」という言葉は社会的な集団を支える地位や権威を指す、比喩的な意味を持っている。椅子とは、物理的な面ばかりでなく精神的な面においても、2つの意味で「支える」ものである。
こうして織田は、「美しい」椅子とは「より良い生活」を具現化するものだと指摘する。デンマークの家具デザインが、日用品の質が生活の質に影響するという考えに基づいて造形と生活を架橋したように、デンマークの、そしてフィン・ユールの椅子は、この意味ですぐれて「美しい」椅子なのである。
一方で多田羅は、椅子には、人が腰掛ける道具として造形面の不変性があると話す。椅子は古来より存在していた。一方、近代デザインは、常に技術や素材の革新と同調しつつ展開してきたため、プロダクトデザインはテクノロジーとともに移り変わる。しかし椅子は、100年前のものでもなお使うことができる。実際、昔の優れた椅子のデザインを参照し、時代や自然環境に合わせて作られてきたのだった。
デンマークでは、基本的に木という自然に優しい素材を用いて椅子を製作してきた。そして伝統的に、優れた椅子は、世代ごとに受け継がれてきた。このように自然や時間とともに歩んでゆくデンマークのもの作りと生活様式は、現代に語りかけるものがあるのではなかろうか、と多田羅は本展示について語っている。
本展の第3章では、デンマークの椅子に実際に座ることができる空間を展開している。フィン・ユールをはじめ、ボーエ・モーエンセンやハンス J. ウェグナー、ポール・ケアホルムなどのデザインによる、身体に心地よく馴染む椅子の座り心地を存分に体感したい。
企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」
会期:2022年7月23日(土)~10月9日(日)
会場:東京都美術館 ギャラリーA・B・C
住所:東京都台東区上野公園8-36
開室時間:9:30~17:30(金曜日は20:00まで)
※入室はいずれも閉室30分前まで
休室日:月曜日(8月22日(月)・29日(月)、9月12日(月)・19日(月・祝)・26日(月)は開室)、9月20日(火)
観覧料:一般 1,100円、大学生・専門学校生 700円、65歳以上 800円、高校生以下 無料
※身体障害者手帳、愛の手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、被爆者健康手帳の所持者とその付添者(1名まで)は無料(いずれも証明できるものを要持参)
※特別展「ボストン美術館展 芸術×力」のチケット提示にて、 各料金より300円引き
※10月1日(土)は「都民の日」により無料
※ 事前予約不要、ただし混雑時に入場制限を行う場合あり
【問い合わせ先】
東京都美術館
TEL:03-3823-6921