黒い幕で覆われたエリアでは、デジタルとアナログの融合を象徴するように、真っ暗な空間で光の演出が行われる。21年春夏“HOME”、21年秋冬“GROUND”、22年春夏“DIMENSION”、22年秋冬“PLANET”の4つを取り上げ、21年春夏から順にモデルがスクリーン上のランウェイを歩き、ルックが展開されていく。
それぞれ、コレクションテーマを反映させた映像が流れるのが印象的。たとえば22年秋冬“PLANET”を表す映像では、地球の6分の1の重力の中、浮遊し身体を弾ませながら真っ白な洋服に身を包んだモデルたちが右から左へと歩みを進めていく。スクリーンに登場したルックに連動して、画面の背後に展示されている洋服もライトアップされるなど、デジタルを巧みに融合させた仕掛けが用意されている。
また、23年秋冬“=”に焦点を当てたエリアでは、回転する台の上にウェアを展示。ゆっくりと回転する台に乗る真っ白な洋服は、光を当てるロボットアームの前に来ると色や模様が浮かび上がる。光を浴び続けないと白く戻ってしまう仕様のため、色や模様が浮かんでは真っ白な状態へと戻るといった再生が繰り返されるような演出となっている。
コレクションを通して日常と非日常を融合もしくは超越させるような、対極的な思考を反映するのが得意なアンリアレイジのデザイナー・森永邦彦。ブランド誕生から20周年を記念して開催される展覧会「アンリアレイジ20周年記念展覧会“A=Z”」に際して、制作の根底にあるものや、こだわりなどについて話を伺った。
アンリアレイジでは、毎シーズン様々な仕掛けで(デジタルやアナログ、リアルやバーチャルなど)驚きをもたらすコレクションを展開していますが、そのインスピレーション源はなんでしょう?
<日常と非日常>という、相反する2つの要素がずっと自分の中のテーマになっています。日常ってごく当たり前のものではあるけれど、“ファッションや洋服における本当の当たり前”とはなんだろう?と、疑問を持つことを大切にしていて。固定観念に囚われず、身の回りに溢れることを、ひとつひとつ考えていくことが自分にとっても主題になっています。逆に自分から遠いようなテーマを設けることは、あまりないですかね。
具体的な例を教えてください。
たとえば、紫外線を浴びせることで、洋服の模様や色を浮かび上がらせた2023年秋冬コレクション“=”は、ユクスキュルの環世界の概念(※1)を表現したものですが、これは僕が“色ってどのようにできているんだろう?”という疑問からスタートしたものでした。色というのは“光の反射”が非常に関わっているらしいんですけど、光の中のいろんな波長が反射することによって、僕たちは青や赤だと識別することができるらしいんです。
そこからさらに光の反射について探求していくと、“人の目に見える波長と見えない波長”があることに辿りつきました。つまり、人間には白が赤に変わるように見えていても、ミツバチやチョウだったり他の生物からしたら、もともと違う色で、それがピンクだったり青に見えていたりする。環世界の概念には、“すべての事象は、自分がどのように物事を見ているかに懸かっている”という哲学的なテーマを感じ、コレクションで表現しようと思いついたのです。
(※1)ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した生物学の概念。すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、それを主体として行動しているという考え。
とても壮大なテーマなんですね。生物が世界をどのようにして見ているかという観点に着目した写真作品やアートは数多くありますが、ファッションに落とし込む上で難航した点は?
やはり着る人によって形も変わりますし、またその人がどこにいるかで色に変化があるという点ですかね。暗いところと明るいところにいる時では、見え方が変わるように。けれど、それこそがより環世界に親和性のあるものだとも感じています。
2023年秋冬コレクション“=”のランウェイにはない、今回の展覧会ならではの演出のこだわりは?
今回の会場となるスパイラルガーデンの「スパイラル」というワードは“螺旋”を表していて、この空間のスパイラル自体と、“=”で表現した洋服の色の移ろいなどコレクションが持つ意味を上手く調和できることに気が付きました。中央のウェアが並んだ台がずっと回り続ける中で、色があらわれて、また消えて真っ白に戻り、そしてまた色が現れて…というこの演出は、この会場だからこそ作れたもの。またそこには、再生を繰り返すファッションとしての意味合いや、アンリアレイジが進んでいきながらも、またブランドの原点を通っていくというメタファーも表現しています。