中世ヨーロッパでキリスト教の信仰を支えるとともに、知識の伝達を担っていた写本。膨大な時間と労力をかけて制作される写本は、ときに贅沢品となり、なかには華やかな彩飾が施されるものもあった。書物の機能と結びつき、文字と絵が一体となった中世の彩飾写本の世界を紹介する展覧会「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」が、東京・上野の国立西洋美術館にて、2024年8月25日(日)まで開催される。
本展の展示の核となるのが、日本国内の美術館としては最大級の写本コレクション「内藤コレクション」だ。国立西洋美術館は2015年度、中世写本のコレクターである内藤裕史より、本から切り離された1枚1枚のページ「写本零葉」を中心とするコレクションの寄贈を受けた。その後も2020年にかけて、新たに作品を所蔵品に加えている。
企画展「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」は、国立西洋美術館で初となる、中世写本の大規模展覧会。内藤コレクションを中心とする約150点の作品から構成される本展では、中世に広く普及した、写本の役割と装飾の特徴を紹介する。
写本は、聖典である旧約・新約聖書、教会や修道院で使われた典礼書、一般の信徒が私的な礼拝のために用いた書物など、キリスト教の信仰にまつわるテキストを筆写したものだ。そこには、しばしば多彩な装飾がなされた。本展で展示される写本零葉は、こうした書物から切り離された紙葉である。
まずは写本の入り口として、華やかな装飾に目を向けてみよう。写本の装飾の例として、イニシャル装飾、ページ余白の装飾、ミニアチュールなどを挙げることができる。
イニシャル装飾は、テキストの冒頭を飾るものだ。これは、文字を大きく記し、装飾を施したものであり、その文字の中には神の姿といった図像が描かれることも多い。そこにはまた、実用的な役割もあった。当時テキストに用いていたラテン語の文章には、ピリオドやカンマが存在しなかった。加えて、文頭を大文字で始めるという決まりもなかった。そこで、文頭の文字に装飾を施すことで、文章の区切りをわかりやすくしようとしたのだ。
イニシャル装飾の具体例を挙げよう。キリストの復活を祝う復活祭のおりに歌われる聖歌を記した零葉だ。テキストと楽譜が配置されるなか、ページ左上には「A」のイニシャル装飾が施されている。これは、「Angelus domini descendit(天より降りし主の天使)」というテキストの頭文字である。さらに、「A」の文字はさながら建築物のように装飾が施され、中には「キリスト復活」が描き込まれる。十字杖を片手に墓から復活し、もう一方の手で祝福の仕草を見せるキリストの姿が表されているのだ。これは、テキストの内容と結びついた図像が表現された例だといえる。
また、「創世記」の一部を示す聖書の零葉は、内藤コレクションを代表する作品のひとつ。ページ中央には、「創世記」冒頭を示す大きなイニシャル装飾が施されており、「天使、太陽と月、鳥や動物たちを創造する神」、「アダムやエヴァを創造する神」など、7つの場面が描かれている。
ページ余白には、しばしば緻密な装飾が施された。テキストや挿絵を取り囲むようにして、植物のモチーフや、建築を模した装飾が濃密に描き込まれるほか、人間、動物、鳥のパーツを組み合わせた奇妙な図像もしばしば見受けられる。