その後展示室にて、今回の個展の注目の作品、「涙(Lagrimas)」(2002年)の前でオトニエル氏自身による作品説明が行われた。これは、ずらりと並んだガラスの壺の中に、カラフルなオブジェが水に浮かぶとても幻想的な浮遊感のある作品。壺の中の「閉じられた世界」にはまるで小宇宙のような世界が広がっている。その中のモチーフのひとつ、ネックレスは幻想の体、自分が持ちたいけれど持てない理想の体のメタファーだという。さらに後ろを振り返ると、部屋の中にもガラスのオブジェが浮かび、今度はまるで来場者自身もその世界に迷い込んでしまったような感覚になる。
オトニエル氏は初期の制作では、硫黄や蜜蝋、ワックスなど、柔らかく可変性のある素材によって苦悩や心の傷と言った感情に溢れる作品を制作してきた。身体的なエロティシズムと内側の女性らしさなどをテーマに掲げた「長い苦しみへの入口(Le Seuil de la très longue peine)」(1992-1993年)や「女予言者の穴(Le Trou de la sibylle)」(1992-1993年)は、失われた体、そして理想的な体を暗示している。
彼が硫黄で作品づくりをしていた頃、硫黄が誕生する瞬間を見たいと南イタリアの火山を訪れた。そこで出会ったのがガラスの元になる黒曜石だった。黒曜石について研究するうちに、ガラスこそ自身にとって理想の素材であるということに気づき、その魅力に魅かれていったのだという。同じギャラリー内の奥の壁にひとつ佇む黒曜石の作品は、オトニエル氏がガラスという素材に魅かれるようになった頃に制作されたものだ。
オトニエル氏はガラス作品を創り始めるようになって、それまで一人で行っていた制作をフランス・マルセイユの研究所やイタリアのガラス職人などスペシャリ スト達との約50人のチームで行うようになった。創作スタイルをがらりと変えたことは、自身にとっても良い方向転換にもなったという。初期のガラス作品は まだ手慣れていない事もあってか、偶然の効果と相まってとても官能的なフォルムに仕上がっている。最近ではガラス作品も巨大化し、ますます抽象化されて非 日常的な世界観を築きあげている。今回は「ラカンの結び目(Le Nœud de Lacan)」(2009年)や、365日のそれぞれの日に自分がどれくらいハッピーだったかを記録するカレンダー「ハピネス ダイアリー(Diary of Happiness)」(2008年)などが展示されている。
多くの文明や文化で用いられ、人々に魅惑的な体験を与える素材であるガラス。「美しいと同時に、とても壊れやすいガラスのきらめきとはかなさが好きなのです。それはまるで人生のようですね」(オトニエル氏)。そんな彼の作品はこれからも進化し続け、これからも様々な挑戦をしていくだろう。
写真上) 「涙(Lagrimas)」 2002年 ⒸJean-Michel Othoniel/Adagp, Paris 2012 Photo by Guillaume Zicarelli
写真下・左) 手前:「ラカンの大きな結び目(Le Grand Nœud de Lacan)」 奥:「ラカンの結び目(Le Nœud de Lacan)」 ⒸJean-Michel Othoniel/Adagp, Paris 2012 Photo by Hirotaka Yonekura 原美術館における展示風景
写真下・右) 「ハピネス ダイアリー(Diary of Happiness)」 2008年 ⒸJean-Michel Othoniel/Adagp, Paris 2012 Photo by Hirotaka Yonekura 原美術館における展示風景