映画やドラマ、舞台と様々な場において活躍を見せる実力派俳優の松岡茉優。2021年3月26日(金)公開の映画『騙し絵の牙』では、主演の大泉洋演じる雑誌編集長のもとで働く新人編集者を演じ、吉田大八監督とは映画『桐島、部活やめるってよ』以来8年ぶりにタッグを組んだ。
そんな松岡茉優に、インタビューを実施。出版業界を舞台にした映画『騙し絵の牙』の撮影エピソードをはじめ、自身も“本がなかったら生活ができない”というほどの本好きである松岡茉優の、本や出版業界に向けた真摯な思いも語ってくれた。また、8歳からキャリアをスタートさせ、近年も『劇場』『蜜蜂と遠雷』『万引き家族』といった話題作への出演が続く松岡茉優の“転機”となった出来事についても話を聞いた。
今まで映画に限らずドラマ、舞台と多彩な作品に出演されてきました。俳優として作品に向き合う中で、楽しみにしていることはありますか?
松岡:作品を作ってくれる人達との出会いは映画、ドラマ、舞台、どの現場でも1番楽しみなことですね。監督さん、演出家さん、ディレクターさんのように導いてくれる人たちや、スタッフさんも含めて、「今回はどんな出会いがあるかな」といつも楽しみにしています。
映画『騙し絵の牙』を手がけた吉田大八監督の作品に出演されるのは『桐島、部活やめるってよ』以来です。
松岡:吉田大八監督とは8年ぶりにご一緒させていただきました。今年で『桐島、部活やめるってよ』から9年経ちますが、当時は私も16歳でしたし、本当は学校で体験するはずの青春をそのまま現場で経験するような時間を過ごしました。毎日が青春という感じでしょうか。
8年を経て吉田監督の現場で再び演技をしてみて、どのように感じましたか。
松岡:『桐島、部活やめるってよ』は私がほぼ初めてメインの役どころを頂いた作品だったので、とにかく必死で。監督と話し合うことはあっても、言われたことをとにかくトライしてみよう、というところで終わってしまったのですが、今回はより、監督の言葉をよく聞けたかなと思っています。
監督から言われたことを「よし、やってみよう」とするだけではなくて、1回それを飲み込んで、「ということは、こういうことかな?」とか「もしかしたらこういうことかもしれない」と考えてから演技に落とし込むことができた。16歳から25歳になって、成長できたポイントかなと思います。
8年分の成長した姿を吉田監督に見せられた、ということですね。
松岡:そうですね。監督は毎年映画を撮られるタイプではないですし、オファーをいただいたからには監督の信頼に応えたい、という覚悟もあったので、無事クランクアップした時は「私、やったぞ」って思いました。自分のお芝居に反省はあるけれど、後悔はない。撮影が終わる寂しさもありつつ、爽やかな気持ちでした。
『騙し絵の牙』は小説をもとにした実写映画でした。
松岡:吉田大八監督が「小説には小説にしかできないことがあって、同じように映画にも映画にしかできないことがある」とおっしゃっていたのが印象的だったのですが、原作の『騙し絵の牙』に小説ならではの醍醐味があったように、映画ならではの世界観をお見せできると思います。
どのような騙し合いバトルが繰り広げられるか、楽しみにしている原作ファンもいらっしゃると思います。
松岡:“騙し絵”と名が付くだけあって、原作ファンの方も、そうでない方もしっかり騙される作品です。私が演じた高野恵も、原作とはまた違う人物設定になっていますよ。
松岡さんが演じた高野恵という人物像をどのようにとらえていますか。
松岡:私が演じた高野は、大泉洋さん演じる速水という敏腕編集長のもとで働く編集者。「トリニティ」という雑誌を作っています。すごく純粋に本を愛していて、その中でも特に小説を愛している人です。
例えば、高野は小説を世に出すためなら、時間や労力、お金、そこに行き着く道をあきらめない。私なら「無理無理、できない」って思ってしまうようなことでも、実現に持っていく大胆さと行動力を持っているんですよね。「高野みたいな人が傍にいてくれたらな、一緒に働きたいな」と思えるキャラクターです。
小説への熱意溢れる編集者、ということですね。
松岡:そうですね。ただ、『騙し絵の牙』では誰もが小説や本を愛している。でも、みんな会社の都合とか上司との関係とか、いわゆる大人の事情で、どこか手放しに好きではいられなくなってしまう。その中でも、高野は小説に対してまっすぐな熱意を持ち続けていて、純粋に好きなままでいるところがすごくかっこいいです。
高野は“大人の事情“に振り回されず、本が好きだという姿勢を貫いている。
松岡:大人になるにつれて、大好きだったものを手放しに好きでいられなくなってしまうのは大人の残念なところ。ただ、高野みたいに、好きなことに対してまっすぐだった時期って世代に関わらず誰しもあると思うんです。今まさに、高野のような気持ちでいる人もいると思いますし。そういった意味で、個性的なクセモノ揃いの中で、何か1つの目印というか、共感できるキャラクターにできたらいいな、と思いながら演じていました。
では、大泉さん演じる主人公の速水についてはどのような印象を持っていますか?
松岡:速水は色っぽくて魅力的。「速水に取り込まれないようにしないと」と思っていても、気を抜くとそのペースに乗せられそうになる。鈍く光るような、ぎらりとした魅力に溢れた人だと思います。あと、速水は様々な視点から物事を捉えている人。速水の行動からは、“たとえ誰かにとって間違っていたとしても、他の人にとっては正しいこともある。自分の正解が必ずしも正しいとは限らないし、正義は1つではない”というような姿勢を感じます。
速水は原作小説の時点で大泉洋さんに“宛て書き”されたキャラクター。大泉洋さんの印象はいかがでしたか?
松岡:大泉さんは、私にとって子供の頃からの大スター。親戚が北海道にいることもあって、子供の時からずっと大泉さんが出演されていたバラエティ番組の「水曜どうでしょう」を見ていました。今回は対峙する役として大泉さんと長くご一緒させていただいて、あらためて「こんな人になれたらいいな」と思いました。優しくて柔らかくて、全てを受け入れてくれるようで。でもちゃんとスパイスも効かせてくださる方です。
大泉さんとの共演で印象的なエピソードは?
松岡:撮影には色々な人が参加していて、中には初めて映画に出演される方も芸人さんもいる。キャリアもバラバラだし、お互いに癖や空気感がよくわからない状況の中で自然な雰囲気を作らなければいけなかったのです。
でも、大泉さんが「劇団トリニティだ!」と言って、みんなを集めて読み合わせをしてくださって。素の表情で台詞を読む姿をお互いに見てから演技に臨むことができました。その読み合わせがあったことで、「トリニティ」編集部の“いつも一緒に働いている空気感”が出来上がったんじゃないかな、と思っています。
主演の大泉洋さんを筆頭に、豪華キャストが集結しています。
松岡:完成した映像を観て改めて、名優たちが揃う映画というのはこんなにも緻密で、目が離せなくて、様々な角度から観られる作品になるんだ、と感動しました。“贅沢”という言葉では足りないほど豪華です。
特に、ほとんどのメンバーが集合する冒頭のお葬式のシーンはものすごく迫力がありますので注目してください。高野もまだ何もわからないけれども“何かがおかしい”と気付いている。「これから物語が始まるぞ」という感じがひしひしとする、見所の1つになっています。
編集者を演じるにあたって、どのような準備をされましたか?
松岡:まずは、出版業界の勉強をしました。担当の編集部員さんとやり取りさせていただいて色々と教えていただいたり、監督から頂いた課題図書を読んだり。今まで知らなかった出版業界の内部について、事前に知ることができました。
出版業界の内部を知って、どのように思いましたか?
松岡:1番びっくりしたのは、本屋さんに配られる本の数が決まっていること。今までは本屋さんが仕入れる本の数を決めるものだと思っていたのですが、実際はそうではなく、出版社と本屋さんの間に入る“取次”が書店に割り当てる本の数を決めている。出版社が本を作り、取次が書店に本を割り振り、本屋さんが売る、という本の流通システムを初めて知りました。
書店に入ってくる本の数は書店で操作できない、と。
松岡:はい。劇中でもそれがわかる描写が少しあって。高野の実家は小さな書店なのですが、ヒット作は少ししか入荷されないんです。編集者もたくさん手に取ってほしいと思っているのに、行き届かない。編集者の高野からすれば「私が雑誌を作っているのに、実家なのに…」と複雑な気持ちになるんじゃないかな、と演じながら思っていました。
雑誌の廃刊や書店の閉店など、出版業界を取り巻く課題が劇中に登場します。
松岡:活字が苦手な方の気持ちもわかりますし、無理に本を読んで欲しいとは思わないけれど、『騙し絵の牙』を観てくださった方にも出版業界の状況を見つめるきっかけになればいいな、と思っています。本が無くなってしまったら文化が無くなってしまうことだと思うから。
出版業界についてどんなことを考えましたか?
松岡:たとえば本屋さん1つとっても、どうしたら幸せになれるかな?ということに向き合わなければ、と思っていて。私自身は本屋が大好きだから絶対になくなってほしくないと思っていますが、”皆が幸せになる形”。読者、出版社、取次、作家、これから作家になる方も含めて、「みんなが幸せになるにはどうしたらいいんだろう?」って。
「“本屋の店頭で本を買う“ということがこれからもできるだろうか」と不安に思うこともあります。本屋さんで見つけられなかった本をネットショッピングで購入したり、個人の方から購入させて頂くこともあります。そういう状況の中でも「本屋が続いていくためには?」ということを考えると、自分1人ではできないことが多すぎますが、目をそらさずに見つめ続けていきたいと思っています。