坂本と高谷による《IS YOUR TIME》は、2011年、東日本大震災の津波で被災した高校のピアノを用いた作品だ。水盤の上に据えられたピアノは、世界各地の地震データに基づきつつ、音を自動的に発する。ピアノという近代西洋を体現するかのような楽器を、人の手で調律することなく、自然の営みに委ねて演奏を任せるところに、「音」を聴くという坂本の姿勢が窺われるように感じられるだろう。
坂本は、自伝『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』のなかで、《IS YOUR TIME》やアルバム『async』を発表した2017年頃をこう振り返っている——「ぼくはこの頃から、作曲面でも五線譜のルールに縛られない方向へと舵を切っていきました。五線譜は、音楽が時間芸術であるという約束のもとで、便宜的に編み出されたものです。ぼくがたびたびインスタレーション作品を発表するのは、やはりその規制から逃れたい、という願いと深く関係しています。ギャラリーのなかでの音表現は、少なくとも一般の音楽のように始まりがあり、終わりがあるという物語展開を持たせる必要はないのですから。」
坂本にとってインスタレーションとは、音楽とは異なる時間と音のあり方を表現できる場であったと考えることができるだろう。音の流れる空間に、すっと入って音に耳を澄ませ、好きな時に出てゆく。そのような空間を文字通り体感できる作品のひとつが、《LIFE-WELL TOKYO》霧の彫刻 #47769ではなかろうか。
坂本と高谷が、人工的に霧を発生させる作品「霧の彫刻」で知られるアーティスト・中谷芙二子とともに手がけた同作は、美術館の屋外が舞台。ぶつかり合い、その時々の風や気温、湿度などに応じて自在に姿を変える霧の動きをカメラで捉え、坂本による音へと瞬時に変換しているという。会場では、霧と音に満たされた空間に浸ることができるだろう。
企画展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」
会期:2024年12月21日(土)〜2025年3月30日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F・B2F ほか
住所:東京都江東区三好4-1-1
開館時間:10:00〜18:00(入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(1月13日(月・祝)、2月24日(月・振)は開館)、12月28日(土)〜1月1日(水・祝)、1月14日(火)、2月25日(火)
観覧料:一般 2,400円、大学生・専門学校生・65歳以上 1,700円、中学・高校生 960円、小学生以下 無料
■展示作品
坂本龍一+高谷史郎 《TIME TIME》 2024年
坂本龍一+高谷史郎 《water state 1》 2013年
坂本龍一+高谷史郎 《IS YOUR TIME》 2017/2024年
カールステン・ニコライ 《PHOSPHENES》 《ENDO EXO》 2024年 音楽:坂本龍一
坂本龍一+アピチャッポン・ウィーラセタクン 《async-first light》 2017年
アピチャッポン・ウィーラセタクン 《Durmiente》 2021年
坂本龍一+高谷史郎 《async-immersion tokyo》 2024年
坂本龍一+Zakkubalan 《async-volume》 2017年
坂本龍一+高谷史郎 《LIFE-fluid, invisible, inaudible...》 2007年
坂本龍一×岩井俊雄 《Music Plays Images X Images Play Music》 1996-97/2024年
坂本龍一+真鍋大度 《センシング・ストリームズ 2024—不可視、不可聴(MOT version)》 2024年
坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎 《LIFE-WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662 2024年
■同時期開催
・企画展「MOTアニュアル2024 こうふくのしま」
会期:2024年12月14日(土)〜2025年3月30日(日)
会場:企画展示室 3F
・コレクション展「MOTコレクション 竹林之七妍/小さな光/開館30周年記念プレ企画 イケムラレイコ マーク・マンダース Rising Light/Frozen Moment」
会期:2024年12月14日(土)〜2025年3月30日(日)
会場:コレクション展示室
【問い合わせ先】
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
【主要参考文献】
坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』新潮社、2023年。
坂本龍一インタビュー「あるがままのSとNをMに求めて」、松井茂・川崎弘二(編著)『坂本龍一のメディア・パフォーマンス マス・メディアの中の芸術家像』フィルムアート社、2023年。
原瑠璃彦「坂本龍一と雨の降る庭と能 《LIFE 》シリーズから《TIME》へ」、『ユリイカ』12月臨時創刊号「総特集*坂本龍一 1952-2023」青土社、2023年。