ウェス・アンダーソン監督の最新作・映画『犬ヶ島』が、2018年5月25日(金)より全国公開される。ベルリン国際映画祭では、銀熊賞(監督賞)を受賞した作品だ。
『犬ヶ島』の舞台は日本。”犬インフルエンザ”の大流行によって犬ヶ島に隔離されてしまった愛犬スポッツを探す少年アタリとほかの犬たちの壮大な旅と冒険の物語。愛犬を探す中でアタリたちは、メガ崎の未来を左右する大人たちの陰謀へと近づいていく…。
そんなストーリーはストップモーション・アニメーションで描かれている。
ストップモーション・アニメとは、人形など少しずつ動かして1コマごとに撮影。多くの画像を繋ぎ合わせることで、まるで動いているかのように見せる手法。アンダーソン監督作では、『ファンタスティック Mr.FOX』でも用いられ、ユニークな世界を作り上げた。
『グランド・ブダペスト・ホテル』のほか、『ムーンライズ・キングダム』、『ファンタスティック Mr.FOX』、『ダージリン急行』など、実写からアニメまで抜群の映像センスで表現してきたウェス・アンダーソン。プラダ(PRADA)、フェンディ(FENDI)などブランドからの協力を受け、出演する俳優たちはキュートに、時にスタイリッシュに着こなす。ブランドからの支持も強く、過去、プラダやH&Mのキャンペーン映像も手掛けてきた。
アンダーソンの見る日本とは一体どんなものなのか。彼の独創的なイマジネーションが生み出す、“誰も見たことがない日本”とは?
最新作『犬ヶ島』を手掛けたウェス・アンダーソン。この物語の始まりや背景、そして日本好きで知られる彼が手掛けた作品内の拘りなどについて話を伺った。
映画『犬ヶ島』はどのようなアイデアからスタートしたのでしょうか。日本を舞台に選んだ理由は?
“ゴミ山の島”に捨てられた犬たちとそこへ飼い犬を探しに行く主人公の男の子というクレイジーなストーリーを最初に思いつきました。ともに脚本を手掛けたジェイソン・シュワルツマンとローマン・コッポラと物語を作っていったのですが、僕たちは長いこと日本映画のファンだったので、いつか日本で映画を作りたいという夢を常々話していたんです。
この2つのアイデアが合体して誕生したのが、日本を舞台にした犬たちの映画『犬ヶ島』です。
アイデアをどのように広げて作品を制作していきましたか。
僕たちが思いついたのは、ストップモーションアニメーションで‟小さな日本“を再現するということ。この考えが頭の中でしっくりときて、次々と作品のストーリーが頭の中に浮かび始めました。
劇中では食事のシーンなど日本文化を緻密に再現したシーンがありましたが、何か強い気持ちがあったのですか?
純粋に撮りたい!という気持ちがこの場面を生み出しました。もっとも寿司を準備するシーンや日本の食卓を描いたシーンに深い意味は全くないのですが…。手間のかかるストップモーションアニメーションで、日本の食文化を細やかに再現しようなんて人は世界中で僕だけですよね(笑)
実際に日本食のシーンをストップモーションアニメーションで制作してみた感想は?
複雑で大変な作業でした。例えば、包丁さばきひとつや料理人の動きひとつとってみても現実と離れてしまうと、深みがなくなってしまってチープな印象を与えてしまうからです。
制作は、フランス人、デンマーク人、スペイン人など世界中から集まった様々なバックグラウンドを持つアニメイターが携わっていました。その中で、日本食の正しい作法を知っている人を探すのは非常に困難で。たった1つのシーンを制作するのに、正しい知識を持ったアメリカにいるアニメイターを見つけ出し、ようやく完成させることができたんです。
『犬ヶ島』のインスピレーションとなった作品はありますか?
黒澤明監督と宮崎駿監督の作品です。クレイジーな話ですが、制作を始める際‟もし『犬ヶ島』が黒澤作品だったらどうなるんだろう“と考えることからスタートしました。(笑)
特に意識して思い浮かべたのは『悪い奴ほどよく眠る』『野良犬』『天国と地獄』といった、街を舞台にした3つの作品。‟もし『犬ヶ島』が1960年代に作られた映画で、設定は2005年やその先の近未来のことを描いた作品だったらどうなるだろう“ってイマジネーションを膨らませていきました。
でも結局のところ、僕たちの作りあげた映画は、全然黒澤ムービーではないですよ。確かに黒澤監督に影響されているけれど、何かが違う。
また、宮崎駿作品からも絶大な影響を受けています。そもそも僕が彼の事を知ったのは、90年代に日本を訪れた時、三鷹の森ジブリ美術館で宮崎駿作品を全て購入したことがきっかけでした。
アニメーション映画『ファンタスティックMr.FOX』を制作していた最中に宮崎作品を鑑賞して。当時も少し彼の作品から影響を受けていましたが、今回の『犬ヶ島』は、宮崎駿作品を何回も鑑賞して熟知した上で制作しているので、当時よりも遥かに影響を受けたストーリーであることがお分かりになるはずです。
他にも『新世紀エヴァンゲリオン』を手掛けた庵野秀明や、『復讐するは我にあり』の今村昌平といった日本人クリエイターからも、僕は大きな感銘を受けています。
僕の場合、作品によってもインスピレーション源は様々。ジャック=イヴ・クストーという実在の人物をモデルにした『ライフ・アクアティック』という作品もあれば、12歳が恋に落ちていく姿を描きたいという感情的な部分から誕生した『ムーンライズ・キングダム』という作品もあります。
『犬ヶ島』のキャラクターたちは、どのように作られましたか?
『犬ヶ島』の場合は、まずストーリーを最初に思いつき、その後、キャラクターのアイデアが浮かんできました。僕のイマジネーションによって誕生したキャラクター達なので、僕自身もそのキャラクターをどのように生み出したのかうまく説明することができません。
けれど、劇中に登場する様々な個性を持った犬たちについて言えば、そのキャラクターを担当した俳優たちが深く関係していると思います。なぜなら脚本はすごくシンプルなものだったので、俳優たちの個性がそれぞれのキャラクターに反映されているように感じるからです。
実際の俳優を基にして作られたキャラクターもいます。主人公のアタリは、彼を担当したコーユー・ランキンをモデルの一部にしていますよ。
監督の身近な人をキャラクターに投影することはありますか?
実写映画は、身近な人物を取り入れることが多いですね。例えば、『グランド・ブダペスト・ホテル』の主人公ムッシュ・グスタヴ・Hのモデルとなったのは、僕のイギリス人の友人ロビン・ハルストン。最初その事実を誰にも打ち明けてはいなかったのですが(笑)、その後ロビンはその事実に気付き、気に入ってくれました。
作品の脚本を手掛けている時には、ロビンがそのセリフを読んで、‟僕だったらこうは言わない“と意見を言いながらね。それでも僕は、いかにも彼らしいセリフを自分で考えながら脚本を書きましたが。(笑)
『犬ヶ島』のキャストの中には、iPhoneで声のレコーディングを行った人もいらっしゃるそうですね。
はい、何人かはiPhoneで行っています。もちろん一般的なレコーディングも行いましたが、ある時もっと他の方法はないかと。iPhoneは、パーフェクトすぎないナチュラルなサウンドを演出したいときに凄く良いですからね。そして何人かのキャストはこの方法でレコーディングをしたというわけです。