時代からインスピレーションを受けていると思います。単純に自分が見たもの、食べたもの、話してきたもの、つまり自分が今まで経験してきたものから、自分の感性が作られていて、その中からデザインは生まれてきます。もちろん、絵や言葉などから入って作る時、勝手に手が動いてくれる時、そこにどうしても理屈を込めたい時もありますし、その時々ですね。
共通して意識している点は、「美」を追求すること。眼鏡の「美しさ」によってユーザーの「心のスイッチになる」ということを目指しています。眼鏡が心に働きかけるための存在であって欲しいのです。
車を例えにすると分かりやすいかもしれません。車の機能的な役割は、人や物の移動の効率化です。車には機能的な役割だけでなく、車を介して得られる感動があります。例えば、海岸沿いの景色を見ながら走る楽しさ、大好きな人と同じ空間を共有する喜び、クラシックカーのデザインを楽しむ喜び。ガソリンの匂い、エンジンの音、ステアリングの振動など、五感で車の魅力を感じる人もたくさんいるでしょう。
同じことを眼鏡で考えてみましょう。眼鏡の機能的役割は視力矯正です。眼鏡の役割はそれだけでしょうか?車を介して経験できる喜びや感動があるのと同じように、眼鏡を介して心を揺さぶり、感動を呼び起こす、そういう眼鏡を作りたいですね。
眼鏡そのものが美しくて感動する人、一方眼鏡を持った経験から感動する人もいる。「FACTORY900の眼鏡を見ながら飲む酒が旨いんです」と言う人もいれば、「特徴的な眼鏡をかけていたおかげで顔を覚えられて仕事がうまくいき、出世眼鏡になりました」と言ってくださる人もいます。また、FACTORY900の眼鏡が好きになりすぎて、自分で眼鏡のセレクトショップを始めた方もいます。ユーザーから教わることが本当に多いです。
そんな風に、眼鏡を通して心が動くために一番てっとり早い方法が、”非日常を提供すること”なのではないかと思っています。だからFACTORY900の眼鏡は、非日常的で新しいデザインを追求しているのです。
FACTORY900のコンセプトは「FUTURE」「新しい」ですが、それは「美」を大分下げてきたところの言葉を使っている面もあります。日常からの視点を少しずらした非日常が、心を動かしやすい、最も分かりやすいスイッチの役になると思います。
ユーザーから聞く「自分にとってFACTORY900はこんな存在」という言葉は、喜びでしかないですね。その人にとってちゃんとスイッチになれたのだなと実感できるので。こういうスイッチもあるのだなとユーザーから毎回教わっています。それ以外は苦しみしかないです(笑)。
“眼鏡界のアカデミー賞”を過去に2度受賞した「FACTORY900」。世界に通用することを証明した眼鏡フレームに込められた想いとは。
眼鏡業界でいうと最高峰の賞で、眼鏡デザイナーであれば、一度は取りたいと思える賞ではないかなと思います。応募すること自体は簡単に出来るのですが、ノミネートされること自体が難しい。様々な部門の中でもサングラスと眼鏡フレーム部門が一番の花形ですね。
2013年に受賞した「fa-1111」はだまし絵の要素を取り入れて、「角度で形が変化する」ということを表現しました。人は動くものに興味を示すと思うので、かけてる側ではなく、見る側の視点で作ったモノです。あるべきところにあるべきものがない、といったデザインで、上から見ると「笑い顔」、下から見ると「泣き顔」と、見る角度によって眼鏡の印象がどんどん変わります。ラウンドの眼鏡ですが、ラウンドに見えない眼鏡ですね。
その2年後、2015年に受賞したのがマスクシリーズの「FA-087 THE SIX EYES」。そもそもこのシリーズは「FUTURE、非日常」というコンセプトを分かりやすく形にしていき、「FACTORY900」というブランドのベクトルやパワーを決めている象徴的なものだと捉えています。
先ほど、眼鏡には視力矯正という機能的側面以外にも、眼鏡を介して起こる心のスイッチを押す面があるという話をしました。反対に、眼鏡により機能が追加されたらどうなるかという問いかけが「THE SIX EYES」の原点です。例えば、VRやARのような新しい体験ができる、友達の視点を共有できるなど、自分の視力矯正以上の役割を持った時、眼鏡はどのような形になるのでしょうか?実際にはそのような機能を持っていないので、プロトタイプというか、イミテーションになりますが、答えのない問いかけから、具現化されました。この先、本当に機能が付いたら面白いな…と思います。
そうですね、最近はファッションブランドのケイイチロウセンス(keiichirosense)に頼まれて、ショーピースとしてウェアラブルなヘルメット型のアイウェアを作りました。あとはエルザ・ウィンクラーの(ELZA WINKLER)の眼鏡も作っていたり、また岐阜県関市の会社から刃物のデザインを頼まれていたり。モーターショー用に1点物のアイウェアをバイクメーカーから依頼された件もありましたね。海外のファッションデザイナーともプロジェクトを進めています。
もちろん「美しい眼鏡」です、それ以外はないと言ってもいい。ただその中で、”アセテート専門”という縛りを窮屈に感じることもあるので、材料の制限を少しずつ取り払っていきたいと思っています。例えば、セルロイド・メタル・木材・金・カーボンなど、材質を変えると形も劇的に変わってくるので面白いと思います。やりたいことは山ほどありますね。
あとは、フルオーダーメイドの1点物も作っていきたいです。ユーザーにフレームや柄を選んでもらうのもいいですし、要望を聞いて私が作らせてもらうというのもいいと思い、少しずつ活動を進めています。