吉本ばななの短編小説『ムーンライト・シャドウ』の実写化映画が2021年9月10日(金)に全国で公開。主演は、小松菜奈が務める。
1989年に刊行された『キッチン』と『TUGUMI』(1989年山本周五郎賞受賞)で人気を博し、1989年の年間ベストセラーにおいて1位と2位を独占した平成最初のベストセラー作家・吉本ばなな。特に『キッチン』は世界30か国以上で翻訳され、国内外問わず多く人々から愛されている。
そんな『キッチン』に収録されている短編小説『ムーンライト・シャドウ』が実写映画化。同作品は、1987年に吉本ばななが大学の卒業制作として発表し、日本大学芸術学部長賞や泉鏡花文学賞に輝いた吉本ばなな初期の名作だ。吉本自身が、「初めて他人に見せることを前提に書いた思い出深い小説」と語る作品でもあり、ファンの中では“初期の名作”と呼び声も高い。
『ムーンライト・シャドウ』は、「恋人の死」という突然訪れた悲劇を中々受け入れることができない主人公・さつきの一人称の視点で描かれる。愛する人を亡くした主人公のさつきが、死者ともう一度会えるかもしれない、という不思議な現象〈月影現象〉を通して、哀しみをどう乗り越えるのかを描いた「さよなら」と「はじまり」のラブストーリーだ。
そんなさつき役を演じるのは、本作が初の長編映画単独主演となる小松菜奈。2014年に公開された映画『渇き。』で鮮烈な女優デビューを果たし、第44回日本アカデミー賞では、『糸』で優秀主演女優賞を受賞した小松。『ムーンライト・シャドウ』では、主人公・さつきの心の機微を繊細に演じきった。
また、さつきの恋人で、突然帰らぬ人となる等役を、宮沢氷魚が担当。「MEN’S NON-NO」専属モデルとして活躍するかたわら、初主演映画『his』や舞台「ピサロ」で俳優としても注目を集める宮沢が、全てを包み込むような優しさを持つ一方、ふといつのまにか、その場からいなくなってしまうような儚さが漂う、難しい役柄を演じる。
公開に先駆けて、映画『ムーンライト・シャドウ』で主演を務めた小松菜奈と、恋人役を演じた宮沢氷魚にインタビューを実施。人気小説の実写化にかける思いや役作りについて話を聞くと、2人が役者を続ける上での“原動力”が見えてきた。
■お2人とも、撮影に入る前に、吉本ばななさんの原作小説「ムーンライト・シャドウ」を読んだそうですね。
小松:はい。ばななさんが「ムーンライト・シャドウ」を発表したのが24歳の時。私もこの映画の撮影の時にちょうど24歳だったので、運命を感じました。ばななさんの言葉は、登場人物の心情まで透けて見えてくるような、エネルギーに溢れたもので。この言葉が持つパワーや、原作の幻想的な世界観を大切にしながら、映像化したいと思いました。
宮沢:僕も小松さんと同じで、小説の世界観を大事にしながら、原作ファンの方が見て納得のいくものを作りたいなと思いました。原作がとにかく素晴らしかったので、プレッシャーもありましたが、「頑張ろう」と気合いが入りましたね。
小松:私もプレッシャーはありました。でも、原作があるからこそ、自由なアイデアが生まれた部分もあったかもしれない。
■原作があるからこそ、自由なアイデアが生まれてくる、というのは面白い考え方ですね。
小松:漫画が原作の場合、絵があるのでひっぱられてしまうこともあるのですが、小説が原作の場合は、自分なりに、自由な発想で、表現の仕方を考えて良いと思っていて。
宮沢:すごく良くわかる。原作をベースにしつつも、自分の考えを入れながら役作りをするというのは楽しいよね。
小松:うん。ばななさんの言葉からアイデアをもらいつつ、柔軟に表現しました。もちろん、原作が持つ柱の部分も、しっかり伝えられるように演じています。
■物語は「突然訪れる大切な人の死」とその哀しみを、残された人たちがどう乗り越えるか?ということが、重要な柱になっていますよね。小松さんは、恋人を突然亡くしてしまうさつきというキャラクターを演じました。
小松:さつきは、「恋人の死」という突然訪れた悲劇をなかなか受け入れることができない人物でした。大切な人を失うことの辛さって、実際に経験してみないと、本当のところはわからないと思うんです。私には、まだ家族のように近しい存在の人を亡くした経験がなかったので、そこをどうかみ砕いて、さつきという人物に魂を入れるかに挑戦しました。
■具体的には、どのようなことを意識して演じたのでしょうか。
小松:この作品が持つ「生と死」というテーマは、絶対に軽いものではないのですが、重々しい空気になりすぎないように意識しましたね。原作を読んだ時には、さつきの演じ方次第では、とことん暗い作品にもできるなと感じていました。だけど、登場人物たちの内面にある感情を丁寧に描くのなら、かえって重々しい雰囲気にしない方が良いかもしれないって、思い直して。
実際に生きていると、「この人は今、絶対に悲しいはずなのに、頑張ってすごく明るくふるまっている」っていう時があると思うんです。ポジティブに見えるけど、その明るさが、逆に内側にある悲しみを際立たせるというか…。そんなイメージで演じました。
■宮沢さんは、突然亡くなってしまう、さつきの恋人・等を演じました。
宮沢:僕は等と家族構成や境遇が似ていて、自分と近しいキャラクターだなと感じました。等は、亡くなるまで、家族のバランスを保つ役割を果たしてきた人物。僕も等と同じで、長男で弟がいて、両親は仕事で家を空けていることも多かったので、重なる部分が多いキャラクターでした。
■等の人物像については、どう捉えていたのでしょうか。
宮沢:等は、友達や家族の前では太陽のような存在。だけど、実は心の中に闇があって、自分の素の部分を出せていない。自分の心に蓋をして、感じたことを素直に言えなかったり、自分に正直に行動できなかったり...。そんな等の感情に自分を重ねながら、彼の中にある迷いや葛藤を表現しました。
■等に感情移入しながら演じたのですね。
宮沢:共感できる部分が多かったので、演じやすかったですね。でも、自分と近しい役を演じるということは、自らをさらけ出す行為でもあって。初めはそこに抵抗を感じることもあったのですが、とことん出しきって、良い作品にしようと決めました。完成した映画を見て、自分では思いもよらなかった表情をしているシーンもあって、新しい発見もありましたね。
特に思い出深いのは、さつきと等、等の弟・柊、柊の恋人・ゆみこの4人のシーン。その時の空気感や感情に任せて、自分の中から自然に湧き出てくるもので演じました。